暗闇だから、怖くなかった
再々、小料理屋〈春涛〉にて
私は榊原さんに振られてから数ヶ月、彼を想って泣き暮らしていた……なんてことはなく、怒涛の日々を送っていた。
とにかく毎日が忙しすぎる。料理だけしてれば良いって話じゃなくなって、売り上げの計算をして何をどれだけ仕入れるかを考えて、今まで通り仕込みも料理も接客もしなくちゃいけない。
「顔色ひどいよ? 平気?」
なんて葉月や長田さんに言われるようになってしまった。
それでも店を閉めるわけにはいかない。お祖母ちゃんが戻ってきたときに、安心できるようにしておきたい。
だけど新しい問題が出てきた。
「美味しいんだけど、これは“悠宇ちゃんの味”だね」
そう、女将さん──お祖母ちゃんの味を再現できない。
常連さんはお祖母ちゃんの味を求めてやってくる。そこに私独自の味を出されるても困るわけで……。