16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった

プロデビュー前

まだ厳しい日差しが照り付ける残暑が続く、九月の週末。
足元から広がる窓の外には、自分のいるフロアよりさらに高くそびえる大阪の中心街の高層ビルたちがすでに太陽に支配され、ブルーに染まる空を背景にして光を反射している。

仲宗根マヤは全身に心地よい気怠さを感じながらも、テキパキと帰り支度を整え、オフホワイトのタンクトップに、ライトグレーのロングカーディガンを羽織った。トレードマークのベリーショートの髪は、手ぐしでササっと整えるだけで済ませる。
最後にクローゼットからハンガーにかけていたスカーフをとると、ふと、後ろに気配を感じ、目を閉じた。
大きな温もりが覆いかぶさる。

「ふふ、どうしたの?」

胸の前で組まれた、折り曲げたシャツの袖口から伸びる、白く太い腕をそっと撫でてやる。

白とグレーの二色を基調にした、シンプルで上質な少しの家具だけが置かれた、広々とした部屋。
その中央で存在感を発揮する、クイーンのベッドを見やると、今しがたまで自分がこの腕の主と愛し合ったことの名残を隠すように、アッパーシーツと枕が整えられていた。

「帰りたくなーい」

低く甘えた声が耳元をくすぐる。フッと吹き出すと、触れたままの逞しい腕をそっと外して、体ごと振り向いた。

真っ白な綿の長袖シャツに、スリムなブラックジーンズ姿の深瀬(トオル)は、くっきりとした二重の大きな目と太めの長い眉をだらしなく垂らして、幼げな表情でこちらを見つめている。
シンプルな服装が、189センチという長身と完璧なスタイル、そして整った顔立ちを一層引き立てている。
昨夜も夜更けまで、互いを求め激しく抱き合った、うんと年下の恋人。その厚く艶めかしい胸板を思い出し、体の中心がまた疼いた。

「しょうがないでしょ。4日後にはいよいよデビュー戦が始まるんだから」

そんな自分に気付かれないよう、わざと年上ぶって、そのハンサムな顔を見上げる。

「わかってるよ。でもまたしばらく会えないじゃん。もっともっとマヤを抱きたかった」

今度は正面から大きな体に抱きすくめられる。

「ちょ!ほら、もうチェックアウトの時間が迫ってるよ。行こ」

回した手でその逞しい背中をぽんぽんと叩いてそっと体を離し、手にしていた、窓から見える空と同じ色の麻のスカーフを首に巻いた。
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