16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった
二か月前に四十四歳の誕生日を迎えたマヤが、十六歳年下のトオルと付き合い始めたのは九カ月前。
出会いはその一年前、マヤが離婚後没頭していたオンラインゲームのオフ会だった。
当日発生したトラブルがきっかけで、その後も何度か会うようになり、やがてトオルから告白された。
年齢差だけでなく、地味な自分との外見での格差に引け目を感じつつも、トオルの純粋さと優しさに触れるうち、ついには大阪と名古屋の遠距離恋愛を始めることとなった。

四十歳で離婚し、現在高校生になった娘と二人暮らしをしていたマヤには、自分がまた恋愛に身を委ねる時が来るなんて、しかも、相手がひと回り以上も年下の男などという展開は、想像だにしなかったことだ。

そして、その若い恋人は三日後、プロバスケットボール選手としてのキャリアをスタートさせるのだ。

大学バスケですでに頭角を現していたトオルは、当然プロの道に進むだろうという周囲の期待をよそに、実業団チームに入って会社員として働くことを選択した。
その後、Bリーグが設立され、いくつかのチームからオファーがあった彼は、二十七歳で一大決心をしたのだ。
その決断にはマヤとの出会いも影響していたようだ。

東京のチームに所属が決まったので、名古屋の住まいを引き払い、先月引越しも済ませたところだった。

二か月前にはプロポーズを受けたマヤだったが、この春大阪の高校に進学したばかりの娘が卒業するまでという条件で、今度は東京との遠距離恋愛を続けている。

「頑張ってね!試合は全部観るから。CSも契約したし」

「もちろん!」

プロバスケのシーズンは九月末から翌年五月まで。シーズン中はトオルがマヤに会いに来ることはかなわないだろうが、マヤは会社員なので、連休や正月休みなどには訪れるつもりだ。

「来月、有給使って行くね」

「待ってる」

長身の体を屈めてマヤのおでこにキスをするトオルは、どこかの映画俳優のようにサマになっている。ふわりと無造作に額にかかる柔らかな黒髪。その下から覗く瞳はキラキラと揺らめいている。

こんなにカッコよくて、若くて、その実力を認められているアスリートが自分の婚約者だなんて、マヤは今だに実感が湧いてこないのだった。
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