16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった
「あ、あの…」

(まただ…!)

上村キミコ。とっくに名前を覚えてしまっている。オフホワイトのジャケットに、ベージュのひざ丈のフレアスカート。
一度気を遣って声をかけてしまってから、出待ちはもちろん、プレゼントと手紙が一日おきに直接渡されたり、チームに郵送されたりしている。

すでに警戒し始めていたが、まさか自宅まで知られていたとは…。

「どうして、ここにいるんですか?」

出来る限り感情を抑えながらも、低く冷たい声が出た。

「ご、ごめんなさい。お話があって…」

ショルダーバッグの紐を手にかけ、30センチは上にあるトオルの顔を見つめている。

「自宅に来られるのは困ります」

「すみません!でも、どうしても二人で話したくて」

この人と二人で、いったい何を話すことがあるのだろう。

「ごめんなさい、これから遠征で急いでるんです」

そう言って頭を軽く下げ、キミコの横を通りぬけたが、彼女の次の言葉で足を止めざるを得なかった。

「婚約者の方、四十四歳なんですってね」

「…なんで…、知って…るんですか」

怒りのようなものがこみ上げて、呻くような声になっていた。
しかし、キミコはそんなトオルの様子にはお構いなく続ける。

「私、納得がいきません。深瀬さん…、トオルさんが若い方、年相応の方を選ぶなら仕方がないとしても、わ、私より年上の方なんて」

「それとあなたと、何の関係があるのですか」

ゆっくり振り返り、今にも泣きそうなその女性と視線がぶつかった時だった。
女は体当たりするようかのように、大きなバッグを肩にかけたままのトオルに駆け寄り抱き着いた。

「私と…結婚してください」

「は?」

トオルは固まったまま、大きく目を見開いた。

「その方とは別れて、私と結婚して。夫とは離婚しますから」

言っている意味が全くわからない。もはや、狂人とみなす以外対処のしようがなかった。

「失礼します」

腰に回された細い腕をほどくと、踵を返し、走って駐車場に向かった。
車に乗り込み発進させ、バックミラーを見ることなく敷地を出ると、強くアクセルを踏んだ。
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