16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった

軋轢

「どこに行ってたの?」

不機嫌を隠そうともしないトオルの冷たい声が耳に届く。

「あ、あの…、ミサと、ご飯食べて来た。この前話したでしょ、中学の同級生」

上村といたなんて死んでも言えない。

「妊婦がこんな遅くまでうろうろ遊びまわってるのはどうかと思うけど」

冷ややかな低い声がマヤの胸をチクリと刺す。

「ごめん。でも、妊婦もストレス溜まるんだよ。話し相手もいないし。トオルもいないし…」

少し甘えた声でトオルの苛立ちを和らげようと試みたが、なんの効果も発揮しなかった。

「オレのせいなの?」

温厚でおっとりした優しいトオルはもうどこにもいないようだ。

「そ、そうじゃないけど…。あ、電話、何だったの?」

これ以上不穏になりたくなくて、本題に入ろうとしたが、またしても冷淡な言葉で跳ね返される。

「何か用がないと電話しちゃダメなの?」

さすがのマヤもカチンときた。

「何を怒ってるの?そんな言い方されると気分悪いよ」

「それはこっちのセリフだよ。こんな遅くまで遊びまわってるなんて。離れた所で心配することしかできないこっちの身にもなってよ。まさか、お酒飲んでたの?」

「飲んでるわけないでしょ。トオルにそんな風に思われてたなんて、心外だよ。いくつ年上だと思ってるの」

対立の気配が立ち込める。

「年齢の話なんかどうでもいいよ。それより、上村っていう、例の同級生とあれから会った?」

「会ったよ。トオルと彼の奥さんとは何もないって伝えるためにね」

「ふーん。電話で良かったんじゃないの?わざわざ会う必要があったのかな?」

いつも優しくて温和なトオルなのに、今はまるで別人と話しているようだ。
マヤは胸を針で刺されたような痛みを感じると同時に、子宮が少し引き攣った感じがした。
感情があふれ出すように口をついた。

「わかったよ。私が悪いんだね。出産日まで誰にも会わず、部屋に閉じこもっていればいいんだね」

『そんなこと言ってな…

「私、具合が悪くなってきたんで、もう寝るね」

そう言って、スマホの通話終了ボタンを人差し指で力いっぱい押さえつけた。


「遊びまわってる」という言葉が、脳裏に蘇り、唇を嚙みしめる。
トオルの口からそんな侮辱めいた言葉を投げかけられるとは夢にも思っていなかったので、悔しくて悲しかった。

このままベッドで寝てしまいたかったが、焼き鳥の匂いがセーターに纏わりついていたので、何とか力を振り絞って立ち上がり、よろめきながら浴室に向かった。
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