16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった
一方その時、マヤは上村と二人、居酒屋のカウンター席に並んで座っていた。

上村は酒のペースが速く、すでに生ビールの三杯目に口をつけていた。
顔色にあまり変化はないが、上機嫌で砕けた口調になっていた。

「だからさ~、女ってのはやっぱり四十過ぎても、したいもんなんだろう?なのにさ~、アイツは全然オレを求めてこないんだぜ。どう思う?」

目の前では板前が魚をさばいたり、炭火の上で焼き鳥をくるくる回したり忙しなく動き回っている。
マヤはそれを眺めながら、半ばうんざりしつつ、上村の話に耳を傾けていた。

「セックスレスでの離婚率は25%以上って調査結果もあるんだ。これは侮れない数字だよ。だけど、あんな若くてイケメンの男に、この中年腹が隠せなくなったおっさんにどうやって太刀打ちできるってんだ?」

上村はそれほど太ってはいないが、それでもベルトの上の僅かな膨らみを、ワイシャツの上から、まるで妊婦のように円を描くように撫でた。

「ちょ、やめて。彼は関係ないでしょ。奥さんと話し合わなかったの?」

「ああ。自分でも情けないんだけど、アイツの顔見たら、そんな惨めなこと言いたくなくて。情けねー」

頭を搔きながら俯く上村をぼんやり眺めながら、マヤはいまだ連絡をしてこないトオルのことを考えていた。
マヤから連絡しても良かったが、つまらないことで拗ねているトオルに反発してしまう自分がいた。

しかし、もう自分のお腹には二人の子供がいて、結婚も決まっている。
そんな子供じみたケンカをする関係ではない、はず。やはり、年上の自分が折れてやるべきなのか…。

「おい、聞いてるのか、マヤちゃん!オレは奥さんの心を取り戻したいんだよ~」

思考が他所に行っているマヤの左肩を揺さぶる上村は、情けなく眉を歪め、泣きまねをしてくる。
すっかり気心がしれたかのように絡んでくる上村への違和感はわずかに薄れ始めていた。

「だから、女性はパートナーの方から、多少強引でもいいから誘ってほしいと思うよ。特に昭和の女は」

完全な思い込みではないと、マヤ自身は信じている。
特にトオルは年下だから、自分から迫ることは年上女のプライドが許さない。
でもそれは、何も年齢に関係なく、女から誘うのは昭和の女は苦手なのだと思う。
マヤはトオルはもちろん、元夫にさえ、自分から迫るようなことはしたことがない。


ふいにバッグの中のスマホを見ると、トオルからの着信通知が五件並んでいた。
メッセージアプリには何も入っていなかった。なんだかまずい気がする。

マヤは外に出て電話をしようかと思ったが、トオルの機嫌を直すのは、家に帰って腰を据えての方がいいと思い直し、もう帰ろう、と上村に言った。

上村は送ると言ったが、マヤは大丈夫と断って一人で急いで帰った。
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