16歳年下の恋人は、そう甘くはなかった
トオルは間髪入れず、手を伸ばして男の手から逃れたユカの腕を掴んで引き寄せ、そのまま背後に回した。

「ユカ!」

マヤは上半身を起こしたままユカに手を伸ばし、ユカを抱きしめた。
ユカの体は震えていた。

トオルは、扉の前でうなだれ、何やらぶつぶつ呟いている男の胸倉を再び掴み、今度は長い右腕を振り上げた。

「トオル!やめて!」

振り絞って声を出した瞬間、鈍い痛みがお腹に響く。

ガっという鈍い音がマヤの耳に届いた。
見ると、トオルはまた腕を振り上げていた。

「ユカ、トオルを止めて!」

ユカがトオルに近寄った瞬間、遠くから近付いてくるサイレンの音が聞こえてきた。
同時にトオルの動きも止まる。

けたたましいサイレンはあっという間にアパートの前で止まった。
扉の向こうでは、住人たちのざわめく声と、警官らしき事務的な話し声がする。
ほどなく足音が近づき、インターホンが鳴ると同時に、ドアノブが音を立て、扉が開かれた。

顎を腫らし、顔面が血だらけになった上村の身柄は警官二人に連れられて消えた。
残った警官がトオルにも同行を促す。

「わかりました。でもその前に」

そう言うとトオルは、マヤの方を振り返った。
トオルは意外にも落ち着いている。
マヤはまだトオルがここにいる事が信じられず、幻でも見るかのようにトオルを見つめる。
それでも、トオルがマヤの肩に触れる感触と、「マヤ、大丈夫?」という彼本来の穏やかな声を聞いて、堰を切ったように涙が溢れだした。
トオルがマヤをそっと抱きしめる。

「怖かったよな…ごめんな」

トオルが謝ることなんて何もないのに。
緊張の糸が切れたマヤはトオルの胸に顔をうずめて泣き崩れた。
なぜトオルがここにいるのかはわからない。
でも、トオルがいなければ今頃自分はどうなっていたのだろう、と思うと、恐ろしくて体が震える。
ふとまた下腹部に鋭い痛みを感じ、うめき声が漏れた。

「マヤ!」

トオルが振り向いて叫ぶ。

「救急車をお願いします!彼女、妊娠しているんです」

警官はハッとして、すぐにポケットから携帯を取り出した。

「トオル、…ごめん…」

マヤは痛みに耐えながらも、今どうしても言っておきたい言葉を何とか伝える。

もう子供はダメかもしれないという予感があった。
自分も、という可能性もうっすらと頭によぎった。だから、今謝っておきたかった。

「マヤ!しっかりして」

必死に自分の名前を呼ぶトオルの声と、自分を抱く逞しい腕の温もりが、次第に意識から遠のいていった。
< 28 / 29 >

この作品をシェア

pagetop