【漫画シナリオ】小崎くんは川村さんを好きすぎている

10 小崎くんと夏祭り


⚪︎場所:自宅

八月。夏祭り当日。
レンタルした浴衣に着替えた結莉乃。
→着付けした母は満足げ。

母「結莉乃、可愛い〜! すっごく似合うわ〜! さっすが私の娘!」
結莉乃「お、大袈裟だよ……」

結莉乃の浴衣
→白地にオレンジのユリの花が咲いている柄。
帯はくすんだ緑色で、髪も編み込んでアップスタイルに。
白いユリの花飾りで髪を飾っている。

母「本当に可愛いわよ、自信持ちなさい! これなら小崎くんも惚れ直すこと間違いなし!」
結莉乃「う、うう……」
母「ふふっ。まさか、結莉乃が男の子とお祭り行くようになるなんてね~、成長が早いわ〜」
「小崎くんが素敵な彼氏でよかった。あの子のおかげで陽介もきちんと勉強し始めたし、私にまでいつも気を遣ってくれるし、本当に良い子だわ。きっとご両親の教育がしっかりしてたのね〜」

小崎をベタ褒めする母。
結莉乃は何とも言えずに口ごもる。

小崎はたしかに頼りになるし、気遣いもできて、しっかりしている。
だが、彼の家庭のことは結莉乃もよく知らない。
何となくだが、やや複雑な家庭事情があるのではないかと勘繰っていた。

結莉乃(小崎くん、父子家庭なんだよね……それって、父親が親権を取って離婚した──ってことだよね?)
(普通、離婚する時は、母親が親権を取ることが多いって聞いたことあるけど……)

何となく気になり、結莉乃はスマホで親権について調べる。

『父親 親権 獲得率』

調べた結果、すぐに出てきたのは、

『父親が親権を獲得できる割合は全体の一割程度』

という内容の記事だった。

結莉乃(全体の一割……? やっぱり、ほとんどの場合は、母親が親権を取るんだ)
(でも、小崎くんの家はお父さんが親権を取ってる……)

さらに調べる結莉乃。

『母親が親権を取れない場合の理由』

検索結果

→『病気、怪我などで育児ができない』
『別居後、父親が子どもの監護をしている』
『母親に虐待を受けている』……。

〝虐待〟というワードにドキリとし、背筋が冷える結莉乃。
結莉乃が思い出していたのは、小崎の目の上に残っている傷痕のことだった。


〈回想〉
※第2話のシーン

小崎『ガキの頃、ちょっと怪我して何針か縫ったの』

〈回想終わり〉


少し前、小崎がそう言いながら見せてきたのは、結構大きな傷痕だった。
普段は前髪を横に流して、傷が見えないよう片目を隠している。

結莉乃(もしかして、あれは、母親からの虐待が原因でできた傷……?)

そんなことを考えて、気が重くなる。
確証はないが、もし本当にそうだとしたら、先日母親のことを儚げに語っていた小崎の表情が腑に落ちてしまって、ことさら気が沈んだ。

結莉乃(気になるけど……こんなデリケートなこと、本人に聞けるわけないな……)
(勘違いだったらすごく失礼だし……)

そうこう考えていると、小崎が川村家へやってくる。

小崎「こんにちは〜っ、お邪魔しまーす!」
母「あっ、小崎くんだわ! はいはい、どうぞ〜」

玄関へすっ飛んでいく母。
結莉乃はやや身構えるが、母がすぐに黄色い歓声を上げる。

母「きゃ〜〜! 小崎くん素敵〜〜!! 似合う〜!!」
小崎「ありがとうございます。父が浴衣を貸してくれたもので」
母「まあ、これお父様の浴衣なのね!」
小崎「そうなんですよ。女の子と祭りに行くって言ったら、大喜びで着付けてくれて」
母「まあまあまあ〜!」

玄関から聞こえてくる声は楽しげだった。
結莉乃はその声を盗み聞きしながら、ホッと密かに安堵する。

結莉乃(小崎くん、お父さんとは仲良いんだ……なんか安心した)

荷物をまとめ、慣れない浴衣姿のまま結莉乃も玄関へ。


⚪︎場所:玄関

浴衣姿の小崎が視界に入る。
→黒地の浴衣に赤茶の帯。髪もワックスでセットしている。
→例の傷も見えている。

その姿がキラキラして見えてしまう結莉乃。

結莉乃(ま、眩しっ!! かっこよっ!?)

結莉乃は息を呑んで固まる。
→しかしすぐに我に返り、ぎこちなく微笑む。

結莉乃「こ、小崎くん、こんにちは……浴衣似合うね……」
小崎「……」
結莉乃「……あれ? 小崎くん?」
小崎「…………」

小崎は動きが止まっている。
彼の視点では、浴衣姿の結莉乃に後光がさし、天女さながらに輝いている。

〈小崎の脳内〉

浴衣姿の結莉乃とのめくるめく妄想が駆け巡る。

・たこ焼きをあーんしたり
・結莉乃がお面を付けて恥ずかしそうにしていたり
・花火をバックにプロポーズのようなことをして結莉乃が感激して泣いていたり
・浴衣のままお姫様抱っこして挙式+誓のキス?のようなことしてたり

etc…

〈脳内妄想おわり〉

妄想による尊みが限界突破し、小崎がぶっ倒れる。
→合掌し、安らかな表情で魂が抜け出ていく小崎。

結莉乃と母「ええっ!?」

母「たたた大変よ結莉乃、小崎くんが息してない!!」
結莉乃「えええちょっと待って戻ってきて小崎くんんん!! 死ぬなぁぁ!!」
陽介「おいお前ら全員うるせええ! 勉強に集中できないだろ玄関で騒ぐなッ!!」

盛大に大騒ぎした一行は、二階から陽介に怒鳴られるのであった。


⚪︎場所:外〜神社

どうにか蘇生した小崎。
結莉乃をずっと眺めている。

小崎「はあぁぁ〜〜、マジで天使いる……超可愛い……俺の好きな人めちゃくちゃ可愛い……はあ~~~……」
結莉乃「もう、ほんとに大袈裟……恥ずかしいからやめてよ……」

人の多い道を二人並んで歩く。
→すれ違う同世代の女子がチラチラと小崎を見ている。
→結莉乃はことさら恥ずかしくなる。

結莉乃(うう……小崎くんがかっこよすぎて、周りの人に注目されちゃう……隣が私でごめんなさい……恥ずかしい……あんまり見ないで……)

小崎(はあ〜、俺の恋人が可愛すぎてみんなに見せつけたいけど俺以外にジロジロ見られたくないって気持ちもあるけどやっぱりめちゃくちゃ見せつけたい! 世界よ刮目せよ、俺の恋人超可愛いだろ!)

対照的な二人の思考。

その時、「翠〜!」とどこからともなく呼びかける声が響く。
→あみり・樹・双葉etc……が道端にたむろしている。

小崎「あれ、お前ら」
結莉乃「ひえ……!」

知り合いに出会ってしまい、結莉乃は青ざめる。
→小崎は通常運転。

樹「うわーっ、浴衣着てんじゃんこいつ! うわーっ!」
小崎「よお〜、何だよみんなお揃いで。仲がよろしくていいですね〜」
樹「何が『いいですね〜』だよ、お前が言うな! 自分だけカノジョと浴衣デートしやがって! 羨ましい!」
あみり「きゃ〜! 翠、浴衣似合うじゃーん! 川村さんも可愛い〜! ねえねえ、その髪飾りどこで買ったのっ? 超似合ってるよ!」
結莉乃「え、えっと、これ、レンタル品なので……」

辿々しく答える結莉乃。
キャピキャピした会話に付き合わされる中、あみりはスマホを取り出してカメラを起動する。

あみり「ねえ、せっかくだし、みんなで記念写真撮ろ! はい全員集合〜!」
小崎「お、いいね。あとで川村さんのとこだけ拡大して送って」
樹「いや何でだよ、全員写ってるのを欲せ! ほら、川村さんもこっち寄って! 笑って笑って!」
結莉乃「えっ、えっ」
樹「おい、何やってんだよ双葉! お前もこっちこいよ!」

全員が寄せ固まる中、一人だけ距離を取り、写真撮影の輪に入ってこようとしない双葉。
樹が数回呼びかけるが、彼女はそっぽを向いてひらりと手を振る。

双葉「……あたしはパス。タコ焼き買ってくる」
樹「え!? ちょっ、おい!」

引き止める声に耳も貸さず、双葉は去っていった。
→小崎は黙って双葉の背中を見つめ、目を細める。

樹はやれやれと嘆息した。

樹「……ったく、クールだわ〜、アイツ」
結莉乃「あ、あの、追いかけなくていいんですか? もうすぐ暗くなるし、一人だと危ないんじゃ……」
樹「大丈夫大丈夫、写真撮ったらすぐみんなで追いかけるよ」
あみり「双葉はちょっとだけ人見知りなところあるからさ〜。悪く思わないであげて、川村さん」
結莉乃「そうなんだ……」

会話のあと、とりあえず写真を撮る。
→その後、友人たちは駆け足で双葉を追いかけていった。
→再び二人きりになる小崎と結莉乃。

結莉乃「……大丈夫かな。少し人が多くなってきたけど、迷子になったりとか……」
小崎「んー……。まあ、アイツらと一緒にいれば大丈夫だと思うけど……ちょっと心配だな、双葉は」

小崎は遠くを見つめ、ぽつりと呟く。
→何か思い当たる節があるような表情。

再びゆっくりと歩き出す二人。
→その後、すぐに小崎のスマホが震え、今撮った写真がグルチャに送られてきた。

小崎「おお、仕事早ぇな、あみりのやつ」
結莉乃「う、うわあ、ちゃんと私だけ切り抜かれたバージョンまである……」
小崎「ははっ、あみりってああ見えて気が利くからさ」

保存する小崎。
→グルチャ内のアルバムの中には先ほどの友達たちと写った写真がたくさん保存されている。
→『一年』『二年』など、しっかりフォルダ分けまでされている。

結莉乃「……小崎くんと、あのお友達のみなさんって、一年の頃からずっと仲良いんだね」
小崎「うん、樹とあみりは一年の頃から同じクラス。双葉は小中学が同じで、家も近所なの。幼なじみみたいなもん」
結莉乃「え!? そ、そうなんだ」

初耳の情報に驚く結莉乃。
双葉と小崎は、小学生の頃からの知り合い同士らしい。

結莉乃「……じゃあ、有沢さんとは、ずっと仲良しだったんだ」
小崎「んー、まあそうかも。アイツ話しやすいし、細かいことによく気づくっていうか、俺がへこんだりしたらそっと横にいてくれるようなヤツ。いい子だよ」
結莉乃「……そっかあ」

結莉乃は伏し目がちに微笑むが、少しだけ気落ちする。
→先ほどの双葉の行動(写真の輪に入らずどこかに行った)を思い出すと、双葉が小崎に対して恋愛感情を抱いているように見えてしまったから。

結莉乃(……有沢さん、もしかして、小崎くんのこと……好きだったりするのかな……?)

嫌な汗が滲む結莉乃。
有沢双葉という人物は、結莉乃と違ってスラリと背の高い美人で、小崎と並んでいてもお似合いだ。
並んで歩き、周りに祝福されている二人の姿が容易に想像できてしまう程度には絵になる。

そう考えると、急に後ろめたさを感じ始める。
→自分は本当に付き合っているわけではなく、〝お試し〟で小崎と付き合っているため。

結莉乃「……」

そんな結莉乃の心情を悟ってか、小崎は結莉乃の手を握る。

小崎「……結莉乃」
結莉乃「!」
小崎「屋台見に行こ。なんか食べたいのある?」

微笑む小崎。下の名前を呼ばれてドキドキする結莉乃。
双葉に対する後ろめたさはあるが、結莉乃は頬を赤くして、小崎の手を握り返した。

結莉乃「……焼き鳥」
小崎「あっいいね! ちなみに俺は君を食べたい!」
結莉乃「うるさい。行くよ」
小崎「辛辣ぅ〜。でも好き」

相変わらずおどけてへらへら笑う小崎を引っ張り、結莉乃と小崎は、屋台の人混みの中に消えていった。


第10話/終わり
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