【漫画シナリオ】小崎くんは川村さんを好きすぎている

9 小崎くんと夏の始まり


⚪︎場所:自宅・結莉乃の部屋

一学期を締めくくる球技大会を終え、待ちに待った夏休みに突入。
外では蝉が鳴く中、結莉乃はさっそく自室でぐうたら。
→枕を抱き、ベッドの中ですやすや眠る。

母「こらーっ、結莉乃! 夏休みだからっていつまで寝てんのー!」

一階から母の声がよぶ。
→無視して眠り続ける結莉乃。

ギシッ……。

しかし、ベッドが軋んだことで、結莉乃は眉をひそめた。

結莉乃「んん……お母さん、あと一時間だけ……」
小崎「えー、俺あと一時間も川村さんの寝顔眺めていいの? 網膜に録画機能とか付けときゃよかった」
結莉乃「っ、ひい!?」

小崎に耳元で囁かれ、飛び起きる結莉乃。
ベッドの中には私服姿の小崎が。
→ぎゅっと抱きしめてくる。

小崎「おはよ〜、川村さん。もうお昼になっちゃうよ? 寝坊助さんめ」
結莉乃「はあっ!? ちょ、ちょ、ちょっと! 何でここにっ……!」
小崎「何でって、陽介くんの家庭教師まだ継続してるからね俺。今日も勉強見にきたの」
「ついでにお義母さまに頼まれて、愛しのハニーを起こしにきたところ」
結莉乃(お、お母さんめ、余計なことを……!)

寝癖でボサボサの髪に恥じらいを覚える結莉乃。

結莉乃「も、もう起きたから! 離れて……!」

小崎を遠ざけようとするが、彼はさらに迫ってくる。

小崎「ん〜? おやおや、どうやらまだ起きてないみたいだな〜? 仕方ない、ここは王子様のキスで」
結莉乃「ふざけんなバカ! 本当にぶん殴るよ!!」
小崎「まあまあ、そう硬いこと言わず。ちょっと前失礼しま〜す、よっこら接吻(せっぷん)どっこいしょ」
結莉乃「あわわわ待って待ってほんとに近いってバカバカバカ!」

ゴンッ!

しかし、ぐいぐい迫っていた小崎のキスは、教科書の束で彼の頭頂部を殴った陽介によって阻止された。
背後に立つ陽介は心底軽蔑した顔で小崎を見下ろす。

陽介「この変態野郎め……油断も隙もない……」
小崎「いっって〜! 陽介くん何すんの、舌噛んじゃう!」
陽介「うるせー変態小崎! そう簡単に姉ちゃんに近付けると思うなよ! 俺の部屋隣なんだからな、全部聞こえてんだよ!」
小崎「な、何ぃ!? 興奮するじゃん!!」
結莉乃「陽介、早くこのバカ連れていって」
陽介「任せて」

小崎は陽介に引きずられ、部屋からつまみ出される。
やがて隣の部屋から「昨日のゲームの情報配信チャンネル見た!?」などと盛り上がる声が漏れ聞こえ、なんだかんだ仲良くしているようだと、結莉乃は息をついた。


⚪︎場所:リビング

着替えを済ませた結莉乃は一階に降り、朝食(昼食?)を取る。
→母からおつかいを頼まれる。

母「せっかく小崎くんにわざわざ来てもらってるし、コンビニでお菓子でも買ってきてあげて」
結莉乃「え〜」

せっかく休みなのに、と渋りつつ、結莉乃は外へと出ていくことになった。


⚪︎場所:外〜コンビニ

私服で外へ。
猛暑の中、へろへろになりながら歩く。

結莉乃(うう、暑い……)
(小崎くんたちにあげるお菓子って、何がいいんだろ。シュークリームでいいかな)
(本当はアイス食べたいけど……帰るまでに溶けちゃいそう〜、暑いもん……)

色々考えながらコンビニに入ると、イートインコーナーでアイスを食べている見覚えある顔が。
→参考書を読んでいる加賀だった。

結莉乃「え! 加賀くん!?」
加賀「……げ!」

あからさまに嫌な顔をされてしまう結莉乃。
しかし気にせず声をかける。

結莉乃「何してるの、こんなところで」
加賀「はあ? 見てわかんねーのかよ、勉強しながら涼んでんだよ」
結莉乃「家でしないの?」
加賀「……どうせ、もうすぐ塾だし。それまでアイスでも食おうかなって」
「あと、単純に家にいづらい。親が色々口出ししてくるし」

どこか遠い目をしている加賀。
するとその時、別の客が入ってきて結莉乃にぶつかった。

結莉乃「きゃ……!」

結莉乃がバランスを崩すと、加賀に支えられる。
加賀はため息を吐き、自分の隣の椅子を引いた。

加賀「そこ突っ立ってたら、他の客の邪魔だろ。とりあえず座れば? 誰もいねーし」
結莉乃「え、でも」
加賀「つーか、半分アイス食ってくんね? 俺、一個で満足した。食いすぎると腹壊すし」

素っ気なく、パピコ的なアイスの片方を渡される。
ちょうどアイスが食べたかった結莉乃は、控えめに受け取り、とりあえず加賀の隣に腰かける。

結莉乃「え、えっと、ありがとう。今日暑いから、嬉しい……」
加賀「あっそ」
結莉乃「…………」
加賀「…………」

二人(気まずっ!!)

おたがいに口を閉ざし、目を逸らし合う結莉乃と加賀。
→汗を浮かべて居心地悪そうな表情。

結莉乃(ど、どうしよう、何で座っちゃったんだろ……加賀くんと話すことなんて全然ないし、こんなとこ小崎くんに見られたら絶対怒られる。いやでもせっかくの厚意だし、断るのも気が引けるよね……)

加賀(失敗した。何で俺は今コイツを隣に座らせたんだ? 共通の話題とかねえし、勉強に集中できねえし、バカなのか? かと言って今さら前言を撤回するのもなんかだせえし……)

気まずいまま脳内で葛藤する二人。
しばらくして、結莉乃がぎこちなく微笑みかける。

結莉乃「か、加賀くん、最近はちゃんと食べてる? あれから倒れたりしてない?」
加賀「……ああ」
結莉乃「そ、そっか〜、よかった〜……」
(やばい。会話終わっちゃったよ)

「……」(沈黙)

加賀「……お、お前は、今日ここに何しにきたわけ」
結莉乃「へ? え、えと、買い物……」
加賀「へ〜……」
(そりゃそうだ、コンビニだぞここ。なんてバカな質問してんだ俺は)

「……」(沈黙)

会話が下手すぎる二人。
微妙な空気が続く中、今度は結莉乃が沈黙を破る。

結莉乃「そ、そういえば、この前の球技大会、加賀くんすごくバスケうまかったね。びっくりしちゃったよ〜」

思い出したように結莉乃が話題を振れば、加賀はぴくりと反応した。
その後、加賀は複雑な表情で視線を下げる。

加賀「……バスケなんか、うまくも何ともねーよ」
結莉乃「え? そんなことないよ、上手だった」
加賀「でも、小崎たちに負けただろ」
結莉乃「そ、それは、そうだけど」
加賀「結果は負け。それがすべて。俺は勝てなかった。ただそんだけ」

投げやりに呟き、加賀は先日の球技大会で、最後のシュートが外れた時のことを思い出す。


〈加賀の回想〉

最後に加賀が放ったシュートの直前。
加賀の耳にも、新田あみりの発した声が届いていた。

あみり『翠ーっ!! 川村さんが見てるよーーッ!!』

結莉乃が見ている──そう意識した瞬間、加賀のシュートのフォームはわずかに狂ったのだ。
リングの枠に跳ね返されたボール。
それは加点にいたらず、こぼれ落ちた。

〈回想終わり〉


加賀「……あの時、お前のせいで……」

ぼそりと声を紡ぐが、結莉乃の耳にははっきりと届かず、キョトンとされる。
加賀はムスッとしたまま顔を背けた。

加賀「何でもねえ。とにかく、俺は小崎に負けたんだ。よかったな、彼氏が勝って」
結莉乃「……でも、私、ずっと試合見てたわけじゃないけど、加賀くんのことすごいと思ったよ」
加賀「ハッ、お気遣いどうも」
結莉乃「ううん、気を遣って言ってるわけじゃなくて……。確かに試合は負けたかもしれないけど、私が見てた限りでは、小崎くんより、加賀くんの方がバスケ上手に見えたの」

思ったまま素直に語る結莉乃。
加賀は目を見開き、彼女の目を見る。

結莉乃「加賀くん、本当にすごかったと思う。小崎くんの方が背高いのに、ちゃんと一対一(ワンオンワン)で競り勝って、小崎くんに回されたパスは正確に阻止してたでしょ」
加賀「……」
結莉乃「得点だって、加賀くんの方がたくさん取ってたんじゃない? ドリブルはすごく速かったし、シュートフォームも綺麗だった。小崎くんは目立ってたけど、実力では加賀くんに追いつけてなかったように見えたよ」

結莉乃は熱弁。
あまり褒められ慣れない加賀の頬は赤く染まり、目を泳がせる。

加賀「は、はあっ? そんな……小中の頃、バスケは習ってたから、あれぐらい普通……」
結莉乃「あ、そうなんだ! だから上手だったんだね! きっと中学時代も、試合で大活躍だったでしょ?」
加賀「いや……ピアノも水泳も空手も習ってたし、塾にも行って、部活は陸上やってたから……試合でレギュラーに選ばれるほどうまくはなかったし……」
結莉乃「ええ!? そんなに習い事してたの!? すごい、何でもできちゃうんだ……」

尊敬の眼差しで加賀を見る結莉乃。
加賀はすっかり頬を紅潮させている。

加賀(な、何だよコイツ、目ぇキラキラさせて褒めちぎりやがって……!)

ちらりと結莉乃を一瞥する加賀。
なぜかその顔がやたら可愛く見えてしまい、目が合うなり『キュン』と胸が狭まる。

加賀(いや『キュン』じゃねええッ!!)

早鐘を打ち始めた心臓。加賀は大いに困惑した。
そうこうしている間に、結莉乃はアイスを食べきったらしく、席を立つ。

結莉乃「あ、やばい、私はそろそろ行かないと」
「あんまりいつまでもコンビニにいたら、心配して家から追いかけてきそうだし……」

何気ない結莉乃の発言に、加賀はハッと冷静さを取り戻して表情を引き締めた。

加賀「そ、そんなに心配性な家族なのか? まだ昼間なのに、随分と過保護だな」
結莉乃「う、うーん……家族っていうか……」

結莉乃は苦笑し、続けて答える。

結莉乃「小崎くんが……」

しかし、小崎の名前を出した途端、加賀は固まり、頬の赤みも消えて真顔に戻る。

加賀「…………は?」

かろうじて声を絞り出す加賀。
結莉乃は尚も苦笑いで答える。

結莉乃「実は、小崎くんね、いまウチにいるの。だからオヤツでも用意しようってことになって、コンビニまで来たんだよね」
加賀「……アンタの、家に、小崎が……?」
結莉乃「そうだよ〜。休みだからゆっくりしようと思ったのに、部屋に入ってきて無理やり起こされちゃって……まったくもう」
「まあ、そんなわけだから、早く帰らなきゃ。またね、加賀くん。アイスありがとう」

結莉乃は加賀の元を離れ、近くの棚からシュークリームを取ってレジに向かう。
→シュークリームを購入してコンビニを出る結莉乃。
最後に手を振られたが、振り返すことができず、加賀は苦い表情で参考書を見つめる。

加賀「…………はあ」
「やっぱ、何もかも負けだろうがよ……」

切なげにこぼし、加賀はテーブルに突っ伏した。


⚪︎場所:自宅

三時頃になり、シュークリームを食べながら小崎と会話。

小崎「え、加賀に会ったの」
結莉乃「うん」
小崎「……ふーん」

コンビニでのことを伝えると、小崎は少し不服げ。

小崎「アイツに何もされなかった? 口説かれたりしてない?」
結莉乃「もう、そんなこと何もされてないよ。意外と話すと普通だもん、加賀くん」
小崎「そうじゃなくてさー。加賀って俺に対抗心ありまくりだから、川村さん使ってマウント取ろうとするじゃん」
「わざと俺に見せつけるようなことするのが嫌なんだよね。急に下の名前で呼んだりさ」

頬杖をつきながらため息。
結莉乃は「ああ……」と何となく理解しながら、加賀との会話を思い出す。

結莉乃「そういえば加賀くん、すごくたくさん習い事してたんだってね。バスケにピアノに水泳に……他にも色々」
小崎「あー……アイツ、親が教育熱心なんだって。特に母親がさ」
「おかげさまで、小さい頃から週七ぜんぶ習い事だったらしいよ」
「高校に入ってからは、スポーツ系の習い事ぜんぶやめて、週五で塾。残りの二日は家庭教師だと」
結莉乃「た、大変すぎる……」

小崎の言葉に、結莉乃は頬を引きつらせる。

結莉乃「でも、そっか。だからいつも、あんな風に追い詰められてるのかな」
「もし、お母さんから色々押しつけられてるんだとしたら、少し可哀想かも……」

やや同情する結莉乃。
しかし小崎は目を伏せる。

小崎「……そうかな。俺は少し羨ましいけど」
結莉乃「え?」
小崎「母親に期待されてるってことだろ。教育方針は厳しめなのかもしれないけど、それだけ子どもに金をかけてるし、関心があるってことだ」
「……そういう面では、素直に羨ましいよ」
「俺の母親は、そんなんじゃなかった」

儚げに告げる小崎。
結莉乃はふと、彼の家庭事情について思い出す。

結莉乃(そういえば、小崎くん、父子家庭だって言ってたような……)
(たしか、母親は小学生の頃に離婚したって)

考え込んでいると、小崎が笑顔で結莉乃の思考を遮る。

小崎「あ、そういえばさ! 来月夏祭りあるよね、川村さん」
結莉乃「え」
小崎「一緒に夏祭りとか、カップルの醍醐味でしょ〜。俺と行こうよ、せっかくだし」
結莉乃「なっ……!? そ、そんな、恥ずかし……」
母「──あら〜〜!! いいじゃないの! 浴衣レンタルしちゃお、結莉乃!」

突如会話に割り込んできた母。
→洗濯を済ませてリビングに戻ってきた。

小崎「ユカタ!!??」

目を光らせ、ガタッと立ち上がる小崎。

小崎「かかか川村さんの浴衣!? 絶対可愛い! もう可愛い! やりましょうお義母さま!!」
母「うふふっ、小崎くんも浴衣着てくれるのよね?」
小崎「イエス、マム! あなたのお望みとあらば!」
母「きゃ〜〜!! 写真撮りましょ、写真〜〜!!」
結莉乃(小崎くんの浴衣ブロマイドが欲しいだけでしょ、お母さん……)

狡猾に小崎の浴衣姿撮影会へと誘導する母。
結莉乃は呆れつつも、少しだけ夏祭りが楽しみになる。

だが、それと同時に、先ほど寂しげに自分の母親のことを語った小崎の横顔が、頭の隅に焦げ付いたままだった。


第9話/終わり
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