おもてなしは豪華客船の学園で

第3話 コンシェルジュ

〇私立鳳凰高校実習船 鳳凰Ⅱ・船内・学園エリア・蓬莱の部屋の中(夜)
  ソファにもたれる桜。
  桜の視線のすぐ先には蓬莱の真剣な表情。
  蓬莱の襟首と手首をつかむ桜。
桜「せいやっ‼」
  一瞬力を入れ、蓬莱の身体を半回転させるように自分から引き離す。
  床へ倒れ込む蓬莱。
蓬莱「!??」
  何が起きたか分からない。
桜「バイトと実習で忙しいので、お断りします!」
  すたすたと部屋を出ていく。
  しばし呆然とする蓬莱。
蓬莱「嘘だろ? 一瞬で男の俺の身体を…」
  驚きの表情。
蓬莱「しかも俺のバトラーの依頼を断るだって?」
  笑みを浮かべて立ち上がる。
蓬莱「そうでなければ面白くない」
  桜が去ったドアを見つめる。

〇同・廊下(夜)
  腹立たし気な表情を浮かべて足早に歩く桜。
桜「バトラーなんて冗談ではない!」

〇海
  翌日。
  航海を続けている鳳凰Ⅱの外観。

〇同・船内・客船エリア・コンシェルジュデスク付近
  乗客の接客実習をしている制服姿の学生たち。
テロップ「おもてなし科 コンシェルジュ実習」
  カウンター内の他の学生に交じって桜と結衣がいる。
結衣「(緊張)ささ桜さん、基本的に応対はお願いします。フォローしますから!」
桜「は?」
結衣「私、コンシェルジュ実習苦手なんです! お客さんの要望に沿った提案ができないとダメですし、何よりも語学力に自信がありません‼」
桜(心の声)「(あきれて)おもてなし科によく来たものだ」

〇同・船内の廊下
  蓬莱と小鳥遊が歩いている。
小鳥遊「断るなんて大したものじゃないか、彼女‼」
  愉快そうに笑う。
蓬莱「笑うな」
小鳥遊「しかも声で客を覚えるなんてなかなかできるもんじゃない」
  感心する。

〇同・ロビー
  コンシェルジュデスクが見えるロビー。
  蓬莱と小鳥遊がやってくる。
  桜の姿を見つける。
小鳥遊「噂をすれば彼女だ」

〇同・コンシェルジュデスク
  案内係の腕章をつけた千夏がレオン・アッシュフィールド(17)をカウンターへ案内してくる。
  カタコトの英語で必死に応対している。
  レオンはシャツにジーンズというラフな格好。
  柔らかにウェーブがかかった金色の髪。
  気品を感じさせる整った顔立ち。
結衣「き、来ました‼」
  桜の後ろに身を隠す。
千夏「インフォメーションカウンターにいらした方なんだけど、船内の過ごし方で具体的提案が欲しいみたいだから、桜、頼んだ‼」
  助けてくれという眼差しで桜に訴える。
桜(心の声)「仕方ないか…」
レオン「(英語)夕食まで時間が空いてしまってね、何か有意義な過ごし方はないだろうか?」
桜「(英語)ご乗船の主な目的は観光ですか?」
レオン「(英語)教養を深め、様々な経験を積みたいと思ってね」
  穏やかな笑顔で答える。
桜(心の声)「なまりの混じっていない英語の発音…」
  レオンの胸元のペンダントを見やる桜。

〇同・ロビー
  桜の働きぶりを見ている蓬莱と小鳥遊。
小鳥遊「語学力も大したものじゃないか!」
  目を見張る。

〇同・コンシェルジュデスク
  慣れた様子で応対する桜。
桜「(英語)夕食のご予定は?」
レオン「(英語)特に。『シー・ヴィレッジ』にしようかと考えてる」
桜(心の声)「予約不要な一般向けレストランね。順番待ちを避けるためにピーク時は避けたほうがいいな」
桜「(英語)少々お待ちください」
  手元のタブレット端末を操作する。
桜「(英語)日本映画の小津安二郎監督の作品はご覧になられたことは?」
レオン「(英語)残念ながら。黒澤明の作品はいくつか観たんだけど」
桜「(英語)時間的にシアターで上映されている『東京物語』はいかがでしょうか。有名な日本映画の一つです。戦後の日本の文化と家族の姿が丁寧に描かれた名作です。17:30に上映終了です。お食事の時間にもちょうど良いかと存じます」
レオン「(英語)どうして日本映画を?」
桜「(英語)失礼ながら日本の文化にご興味があると推察いたしました」
レオン「(英語)なぜ?」
桜「(英語)江戸切子細工のネックレスをされていたので。日本の伝統文化です」
レオン「(英語)その通りだよ。大した観察力だ。確かに日本文化に興味がある」
  素直に驚き、感心して屈託のない笑顔を見せる。
レオン「(英語)ありがとう。君の提案にするよ」
  満足げにカウンターを後にするが、振り返る。
レオン「(英語)君はその仕事にとても向いていると思うよ。また会おう」
  ウィンクする。
桜「!」
  わずかに頬を赤らめる。

〇同・ロビー
  小鳥遊「可愛い反応じゃないか。乙女な部分もあるんだね」
  蓬莱「まったく海外の男は」
  少しムッとしている。
小鳥遊「コンシェルジュとしての対応も完ぺきだ。欲しい逸材だね」

〇同・コンシェルジュデスク
  感激した結衣と千夏が桜のもとへ駆け寄る。
結衣「凄いです、桜さん‼」
千夏「気に入られたんじゃない⁉」
  そこへ蓬莱がやって来る。
  不機嫌そう。
蓬莱「上手くこなしたじゃないか」
結衣&千夏「また蓬莱先輩‼」
  仰天して後ずさる。
結衣「(小声)昨日のことといい、どういうことでしょう⁉」
千夏「(小声)どうやら桜のことを知っているみたいね」
桜(心の声)「なぜ不機嫌。ああそうか、昨日の夜のことを根に持っているんだな」
桜「(冷ややか)何か御用でしょうか」
蓬莱「実習後、時間を割いてもらいたい」
結衣&千夏「(小声)どどどういう関係!???」
  興味津々で二人の様子を見る。
桜「実習後は…」
蓬莱「(遮って)バイトはなかったよな」
桜「(面倒そう)よく知ってますね…」
蓬莱「グループSの人脈で調べさせてもらった」
桜「溜まっている実習の課題がありまして」
  ふいと横を向く。
  桜の耳元に口を近づけてささやく蓬莱。
蓬莱「君にとってもいい話だ」
  挑戦的な笑みを口元に浮かべ、桜から離れる。
桜「……っ‼」
  耳を押さえて赤面。
蓬莱「ムーンライトテラスで17時に待ってる」
  背を向けて歩き出す。
桜(心の声)「何なの!???」
  赤面したまま立ちつくす。
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