おもてなしは豪華客船の学園で

第4話 和食の知識

〇海原(夕)
  夕暮れの残照のなか、航海を続ける私立鳳凰高校実習船・鳳凰Ⅱ

〇同・客船エリア・ムーンライトテラス(夕)
  上層デッキの展望テラス。
  美しい夕暮れを見るために乗客や学生が集まっている。
  桜も潮風に吹かれながら、茜色の空を眺める。
桜「きれい…」
  腕時計を見る。
桜「ていうか、遅い」
  *  *  *
  第3話のコンシェルジュデスクのフラッシュ。
  桜の耳元に口を近づけてささやく蓬莱。
蓬莱「君にとってもいい話だ」
  *  *  *
桜「気になる。でも面倒な予感もする」
  表情を暗くする。
  そこへ蓬莱が走ってくる。
蓬莱「(息が上がって)すまない。実習が長引いてしまって」
  女子生徒たちが蓬莱の姿を見て小さく歓喜の声を上げている。
桜(心の声)「意外。急いで来たのか」
  感心する。
桜(心の声)「いや、誘ったのは向こうなんだから、当然だ」
  すぐに思い直す。
蓬莱「行くぞ」
桜「えっ⁉ どこへ??」
  困惑する桜を気にせず、歩きだす。

〇落ち着かない桜の表情のアップ
桜(心の声)「言われるがままについて来てはみたものの…」

〇私立鳳凰高校実習船 鳳凰Ⅱ・客船エリア・高級和食料理店『KAZAN』・個室
  ふすまで仕切られた和室で桜と蓬莱が向かい合っている。
桜(心の声)「どうしてこうなった!??」
  恐る恐る周囲を見渡す。
桜(心の声)「ここは上級クラスの乗客、学園の生徒ではグループSしか利用できない高級和食料理店『KAZAN』。私の財布では到底…」
  不安が表情に出る。
  そこへ店員が料理を運んでくる。
店員「先付(さきづけ)でございます」
  初夏の野菜とエビがあしらわれた前菜が運ばれてくる。
桜(心の声)「(目を見張る)ほう、これは…」
  上目遣いに蓬莱を見る。
蓬莱「支払いのことは心配するな」
桜「そうですよね」
  ぱっと笑顔を浮かべて料理に箸をつける。
蓬莱「(あきれる)分かりやすい反応だな。俺が誘ったのだからな。当然だろう?」
桜「同世代にごちそうしてもらったことがないので」
蓬莱「何だ、恋人もいないのか」
  からかうような態度だが、どこか嬉しそう。
桜「そんなことより、何のお話ですか?」
  はぐらかす。
桜「バトラーの件は無駄ですよ」
蓬莱「諦めたわけではないが、今日はその話ではない」
  はぐらかされて不満そう。
  店員が煮物を運んでくる。
店員「椀でございます」
  ハモのすまし汁が出される。
  右手で蓋を取り、香りをかいでから汁に口をつける桜。
  幸せそうな表情を浮かべてハモを味わう桜。
  蓬莱はその姿を観察している。
蓬莱「どうだ?」
桜「だからバトラーはやりません」
蓬莱「そうではない。料理のことだ」
  あきれる。
桜「あ、こちらですか」
  少し恥じる。
桜「素晴らしい仕事をされる板前の方だと思います。先付はタケノコにワラビ、ジュンサイなど旬の野菜で季節感が出ていましたし、エビで美しい色の調和が生まれていました」
  椀に口をつける。
桜「すまし汁で最も大切なのはダシです。かつお節と昆布で丁寧に作られていて、香りもいい。ハモは秋にも旬を迎えますが、初夏のハモもさっぱりしていて私は好きですね」
  嬉しそうにハモを口に運ぶ。
蓬莱「(すっかり感心)和食に関する知識も大したものだ。この店を選んで正解だった」
桜「どういうことです?」
蓬莱「声で客を見分ける技能、紅茶を淹れる腕前、コンシェルジュデスクでの語学力と観察力、そして提案の機転。簡単に身に付く技術じゃない」
桜「(淡々と)買いかぶりです」
蓬莱「もしかしたら食に関しても精通しているのかと考えてこの店にしてみた」
桜「そうですか」
  真剣な表情で蓬莱がたずねる。
蓬莱「天月 桜、君は何者なんだ?」
桜「ただのおもてなし科の1年生です。加えていえば成績下位組のグループCです」
蓬莱「成績なんてものは要領さえ良ければ上位に行ける。君の能力を評価すべきはそこではない」
桜「ありがとうございます…」
  意外な言葉に少し嬉しい。
蓬莱「本題に入る。来週、グループSで国賓実習を行うことになっている」
桜「ああ、海外の要人をもてなすという」
蓬莱「おもてなしに精通した人材のサポートが欲しいが、俺にはバトラーがいない。誰かのせいで」
桜「(冷ややか)そうですか」
蓬莱「天月 桜。バトラーになれとは今はいわない。国賓実習の助手になれ」
桜「だから私は…」
  断りを入れようとした瞬間、ふすまの向こうでガタ!と音がする。
  続いて聞こえてくる小声。
  二人が沈黙する。
愛の声「(小声)ちょっと行儀が悪いわよ」
小鳥遊の声「(小声)愛ちゃんも聞きたいくせに」
飛渡の声「(小声)あれ 静かになったよ?」
  蓬莱がガラッとふすまを開く。
  聞き耳を立てたポーズのままの飛渡、小鳥遊、愛。
  夏越は席で冷静にすまし汁に口をつけている。
夏越「確かにいいダシだ」
桜(心の声)「何これ!??」
  仰天して声も出ない。
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