私の好きな人には、好きな人がいます

5話 恋は休日も忙しい


 とある土曜日の午後のことである。


 愛華は普段、土曜日はほとほどに休息を取りつつ、ピアノの練習に勉学に励んでいた。時々友人と遊びに出掛けることもあったが、この時期は音楽コンクールが重なっており、遊びに誘えるような友人はいない。もちろん愛華も発表会が近い。


 しかし、ここのところ練習詰めである。


(たまには息抜きもしないと、良い演奏はできないよね!)


 愛華はそう自分に言い聞かせつつ、街に繰り出すことにした。練習も大事だが、息抜きももちろん大事。マイペースに楽しく、がここのところの愛華のモットーとなっていた。


(帰ったらちゃんとピアノの練習をするとして、今はショッピングでも楽しもう。あ、なんか甘い物食べたいな)


 一人での気ままな休日だ。


 愛華は近くのショッピングモールに出向き、適当に歩きながらウインドウショッピングをすることにした。


 店頭に置かれているマネキンは、もうすっかり冬の装いでニットや冬のコートなどのもこもこ姿が目立つ。今年の冬は寒さが厳しいと言われていた。愛華も通学用のコートを新調すべきかと、色々見て回った。


 粗方アパレルショップ系を覗き終わって、同じフロアに本屋さんがあったのでついでに覗いてみた。


 ここの本屋さんは楽譜も置いている。


 今はコンクールで手一杯だが、何か好きな曲の譜面でもあるだろうかと、ちらりと覗いてみることにした。


(あれ、あそこにいるのって…)


 音楽関係の棚に足を向けると、そこにいたのはよく見知った顔ぶれだった。


(水原くんと麗良ちゃんだ)


 シンプルな薄手のコートを羽織った水原と、THEデートです!と言わんばかりに気合の入ったニットワンピースを着た麗良。丈が短く、生足が実に寒そうである。麗良の恰好はよく彼女に似合っていて、彼女らしい明るさが見て取れる。


 対して愛華の恰好は、ロングの冬用のスカートに、適当に羽織ってきたジャンパー姿である。近所だし、どうせ一人だしで、全くお洒落など気にせずに来てしまった。


 水原と麗良とは確かに小さい頃からの友人ではあるが、さすがにこの格好で声は掛けづらい。


(麗良ちゃんって、お出かけの時いつもあんなに気合い入れてるのかな。それとも私があまりにずぼらなだけ?)


 高校生ともなればお洒落に服を着こなして出掛けるものかもしれない。愛華はピアノのことばかりでその辺の女子らしさを忘れていた。恋する乙女たるもの不覚であった。


(まさかいないとは思うけど、こんな姿で椿くんに会ったら最悪だ。ここはそそくさと退散しよう!)


 想い人に会うには、些かみっともなさがある。もちろん会えたら本当は嬉しいのだが、今日ばかりは羞恥心が勝ってしまうだろう。


 甘いスイーツでも食べて帰ろうと思っていたのだが、愛華は泣く泣く断念してその場を離れることにした。


 しかし本屋を出ようとしたところ、ちょうど新刊の広げてあるところで、「あれ?愛華さん?」と呼び止められた。

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