私の好きな人には、好きな人がいます
ぎくっとなりながらも、その声に愛華は振り返らずにはいられなかった。
そこには漫画片手にこちらを見る、椿の姿があった。
(つ、椿くん…!)
「こ、こんにちは」
思わず頭を下げ、挨拶をする愛華。
(わー!嬉しい!……いや、最悪…か?)
休みの日に椿に会えるなんてこの上なく嬉しいことだ。
が、愛華の今の恰好。この上なくださださである。
(あーやっぱり、こんなことならちゃんと可愛い服を着てくるんだった…)
そうすれば椿と堂々とお喋りできたし、水原や麗良にも気兼ねなく声を掛けられただろう。愛華は自分の至らなさに心底嘆いた。
「こんにちは。愛華さんもここに用事?」
「あ、うん。もう終わったのだけど…」
せっかく椿と話せているというのに、もごもごと誤魔化すようで恥ずかしい。
(どうか、私の服はまじまじと見ませんよう…)
お願い申し上げたい気持ちでいっぱいではあるが、服装の話を自分から持ち出しては、更に注目を集めてしまいそうでもちろん言い出せなかった。
そうこうしているうちに、麗良の声が近くで聞こえてきた。
「あ、水原くん。麗良、見たいところがあるんだけどいーい?」
水原の返答は聞こえないが、彼のことだ。やれやれと思いながらも麗良のわがままに付き合っているのだろう。
二人の声が近付いてきて、愛華は慌てて本棚の影に隠れた。
何故か椿も愛華と同じように隠れにやってきて、二人に見つからないよう息を潜める。
椿の肩が愛華にぶつかって、愛華は危く叫ぶところだった。
あまりに近い。近すぎる。椿の人に対する距離感はどうなっているのだと、愛華は心の中で嬉しい悲鳴を上げた。
水原と麗良の声が遠ざかっていく。愛華はふーっと安堵の息を吐き出した。
ほっと胸を撫でおろしていると、椿が不思議そうに二人の後ろ姿を見送っていた。