私の好きな人には、好きな人がいます

(電車遅れてるし、譜面のおさらいだけでもしておこうかな)


 そう思い肩に掛けていたスクール鞄から、先程まで練習していた曲の楽譜を取り出そうとしていると、ようやく電車の到着を告げるアナウンスが流れ始めた。


 遅れた電車のせいで駅のホームは人で溢れ返っている。


 愛華は一番前に並んでいるので、次の電車に乗れないことはないだろうが、これは相当な混雑になりそうだった。


 愛華は鞄をぎゅっと握りしめながら電車の到着を待つ。右方向から愛華の乗る電車が顔を出した。足元の黄色い線からはみ出してしまっている人も多いようで、電車は大きな警笛を鳴らしながらホームに滑り込んでくる。


 その時だった。


 誰かが愛華にぶつかったのか、愛華は押されるようにして電車の目の前に飛び出してしまう。


(え……?)


 愛華自身も、自分の身に何が起きたのか分からなかった。電車が目の前に迫っていて、真下には線路がある。


(あ、駄目だこれ)


 それ以外に考える余裕など微塵もなかった。


 ああ、こんな急にあっけなく死ぬのか、とか、家族に最期に何か伝えたかったな、とか、まだ生きていたかったなー、なんてことすら考える余裕はなかった。


 ただ一瞬、今日は見られなかった陸上部の彼の顔が、脳裏を過った気がした。


 耳をつんざく様な警笛が聞こえた時、お腹の辺りに何か衝撃を感じて、物凄い勢いで身体がホーム側に引っ張られた。


「きゃっ…!」


 尻餅をついた愛華の目の前に、勢いよく電車が滑り込んでくる。


 愛華は乱れた髪を直すことも出来ず、ただただ放心していた。


(何が起きたの…?助かった…の…?)


 心臓が走った後のように早く動いている。頭の整理が追い付かない。今のは本当に現実だったのだろうか。いや、確かに肩に何かが当たったような感覚がまだ残っている。目の前に迫る電車も、警笛も、目に、耳に焼き付いている。


「大丈夫か!?」


 真後ろから大きな声が聞こえて、愛華ははっとした。

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