私の好きな人には、好きな人がいます
「だから、ごめん…。私、水原くんとは付き合えないの」
覚悟を決めてきたはずなのに、どうしても胸が痛む。失恋の痛みは、愛華が一番よく分かっていたから。
愛華の言葉に口を挟むことなく、水原は最後まで静かに聞いていた。
「愛華」
「うん」
「愛華のことだから、悩んでくれたのだろう。ありがとう」
「うん…」
「でも、その決断は愚かだと思う。どうせ叶いもしない恋にいつまでも執着しているなんて、馬鹿馬鹿しいと思う」
水原の言葉はもっともだ。愛華だって本当は分かっている。それなのに、結局未練がましく椿を追いかけてしまう。
水原は浅くため息をつく。
「ま、愛華は諦められないだろうと思っていたけどな」
「え…?」
「その椿とかいう男のことが相当に好きらしいことはよく分かっていた。だってある時から愛華の演奏は、見違える程に変わったのだから」
水原の言葉に、愛華は目を瞬かせる。
「恋をして変わったんだろう。きっと、その恋は愛華にとっていいものだったんだ」
「水原くん…」
「ま、今度また恋愛云々で泣き喚いても、もう胸は貸さないからな。俺を振ったんだ。自分でなんとかしてくれ」
「うん、分かってる」
水原はいつものように淡々としていたけれど、愛華には彼がどことなく悲しそうな笑みを浮かべているように感じた。
水原から貰った温かい気持ちを、愛華は心に大事にしまった。
「次のコンクールこそ、愛華と競い合えるのを楽しみにしている」
「うん!絶対に負けないから」
愛華と水原は笑い合った。
きっとこれからも愛華と水原は、ライバルとして切磋琢磨していく。
高校三年生に進級するまで、もうあと二か月を切っていた。
高校三年生になったらきっと忙しい。愛華もいよいよ進路をしっかり決めなくてはならない。
きっと恋に全力でぶつかれるのは、今だけだ。