私の好きな人には、好きな人がいます

「誰この人、超最悪。麗良の大切な腕なんだよ?ピアノ弾けなくなったらどうしてくれるわけ?」


 麗良の言葉に、椿の怒りはまた募ったようだった。


「あのなぁ!こっちは下手したら死んでたかもしれないんだぞ!?何考えてんだ!?」


「知らないし。邪魔なんだもん、愛華ちゃん。水原くんは相変わらず愛華ちゃんのことばっかり気にしてるし、愛華ちゃんなんて、いなくなっちゃえばよかったのに」


「麗良ちゃん…」


 麗良の気持ちは随分前に分かってはいたが、これほどまでに憎まれていたとは。


(麗良ちゃん…私が死んでもいいってくらい嫌いだったんだ……)


「愛華さん、警察に言った方がいいって」


 椿の言葉に、愛華はゆるゆると頭を振った。愛華はキッと麗良を見据えるとこう告げる。


「麗良ちゃん、ピアノで決着つけよう。次のコンクールで私が勝ったら、こういうことはもう止めて」


 愛華の提案に麗良はにっと笑った。


「いいよ?だって愛華ちゃん、絶対麗良には勝てないもん」


 麗良は余裕たっぷりの笑みを浮かべて去って行く。


 愛華はほっと息をつくと、緊張の糸が切れたように力が抜け、その場にぺたんと座り込んでしまう。


「愛華さん!?」


 椿が慌てて愛華を支えると、近くのホームベンチまで連れて行ってくれた。


「ありがとう、椿くん」


 隣に座った椿が不服そうに唇を尖らせる。


「いいのかよ、あの子放っておいて」


「うん…いいの。この決着は、自分でつけるから」


 愛華の強い眼差しに、椿は「…分かった」と渋々頷いてくれた。


 前回はボロボロで何もできなかったコンクール。今度は麗良に負けない演奏をしなくちゃいけない。


 愛華はそう、心に強く決めた。


「椿くん、また助けてもらっちゃったね」


「愛華さんが無事ならなんだっていいって」


 やっと張り詰めていた緊張が緩んだのか、椿もひと息をつきながら愛華の隣で伸びをした。

< 62 / 72 >

この作品をシェア

pagetop