CARNIVAL

CARNIVAL


青々とした空と海の間に浮かぶ飛行機に、私は、震えながらフィリピンミンダナオ島にたどり着けるか不安で黙りこくっていた。

初めての一人での海外。大学に入ってから思い知らされた全然うまくない英語。最初は足だけふるえていたが、次第に、肩も手も震えるようになった。

出入国で必要なパスポートと乗車券以外の金品は、スニーカーの裏の中や、パンツの中にガムテールでポケットを作ったりブラのパットに現金を仕込み、行く前に「未菜なんて袋に入れられて連れ去られたらわからないわ。」と、忠告されながらも、当時発展途上国の支援活動に興味を持ちフィリピンで働きたいという夢のあった未菜は日本のガイドブックにもほとんど載っていない観光地でもない海外の農村に行くことにした。勇気を振り絞って飛び立った。

セブ島からプロベラ機のような小さい飛行機に乗り換えて原っぱのような場所へ着陸した。そして、空港へ向かうと、手作りの垂れ幕を持った20人ほどの未菜と同年代の男女が手を振っていた。

「ウエルカム!!ミーナ!!」

色とりどりの手作りの垂れ幕で未菜は迎えられて安どした。

体育会系でもない細くて小さい未菜に日本でも周りから心配されたのに、この島の人たちはどう思うか思いあぐねていたが、笑顔で、踊りだす人々を見て未菜はびっくりする気持ちと、何かを達成した気持ちで交差した。

青春とは、人生とはこうでなければいけないと思う。時に勇気を出し、ときに恐怖におびえ、ときに人を信頼し、自分を信じることができる。

垂れ幕の後ろから長身で褐色の男性が歩いてきた。

「僕が君のクラスの担任の『カービー』と言います。いろいろ不安なことがあると思うけど、あなたはもう安全です。ソウ、セイフティ―。そして私たちは、あなたに会えて幸運です。ミーナ。ここにいるのはあなたと一年学業を共にし、友情を築くクラスメイトです。どうか、お互い幸運な一年を祈りましょう。」

胸が高鳴る音がした。それからバスで私がこれから住むと言う日本人が経営してる小さな一軒家に運ばれた。現地の人は、私が安全に安心に暮らせるようにと、セブ島に日本人の経営する観光ホテルのオーナーのの別荘を私が暮らすための寮にと交渉してくれていたことを知った。そして、その寮で世話係をするというリリーと言う少女を紹介された。

リリーは孤児だった。貧困と言う言葉しか出てこないような薄汚れた服にチリチリパーマで吹き出物だらけの清潔感のない顔をしていた。リリーの暮らしがどれほど苦しいか見てすぐにわかるほどだった。

そして、その晩は、私の歓迎会なのだろうか、ナイトパーティーが行われた。

クラスの女の子のうち数人が「日本の文化を教えてちょうだい。」「どうしてここに来たの?」「ミーナのパパとママはどんな人なの?」と、未菜に質問攻めをした。未菜は日本から持って行っていた、電子辞書片手に、聞き取れないところも多く、単語を打ち見せながら会話を成り立たせるので精いっぱいだった。

あくせくしていると、どこからともなくディスコミュージックが流れてきた。

「これよこれよ!!」と、ダンサーさながら、未菜以外全員が踊り始めた。

未菜は、それを見ながら、マンゴージュースを片手になんだか幸せな気持ちになった。

夜21時には未菜は寮に戻され、就寝した。貴重品や荷物は、鍵付きのスーツケースに入れっぱなしになり、シャワーも浴びる力もつき、眠りこけてしまった。

次の日、未菜に寮の持ち主であるセブにある観光ホテルオーナー代理と名乗る「椿」から電話があった。

椿「未菜ちゃん初めまして。土日を利用して、こちらセブ島の我が家へ一度遊びに来てくれないかしら?いろいろ連れて行ってあげるし、フィリピンでの暮らし方も教えてあげるわ。貴重品はすべて持ってきてね。パスポートも旅客券も、金品は一つも寮においてはダメよ。今貴重品はどうしてるの?」

未菜「あ、スーツケースに鍵をかけてすべて入れっぱなしにしてます。後、貴重品はガイドブックにあるように肌身離さず持っています。まだ学校始まってないので、いつでもセブへ行けますが、どうしたらいいでしょうか?いろいろお世話になります。日本人のいない場所と思ってここにしましたが、やはり日本語が通じないというのはすごく心細かったんです。本当にありがとうございます。」



話の流れで未菜はそのままセブに飛び立った。またプロベラ機に乗り、空港につくと椿の車だろう大きなワゴン車が止まっていた。



椿は、美しい女性だった。ロングヘアに妖艶で優しい笑顔と日本人らしい清楚さも兼ね備えた小柄な女性だった。

椿は、「疲れたでしょ?フィリピン、いいところでしょう?」とねぎらいながら、これが好きなのよと、ホットチョコレートを入れた。そのホットチョコレートを受け取った未菜は暖かい甘さにすっかり気が緩んだ。

話を聞くと、椿は、日本の商社の社長の愛人で、セブ島に家と観光ホテルの経営を任されていた。そして、趣味でいくつかの別荘を持たせてもらっていると得意げに話し始めた。

椿の家に到着すると、大きな屋敷で、使用人が5人もいた。

ただただ、椿は日本人らしい美しさを持った幻想的な美しさのある女性だった。フィリピンでの生活方法、貴重品の管理の仕方、丁寧に細かく教えてくれた。椿の別荘にある隠し部屋や金庫の場所と鍵を預かった。

ここが一番妻子に見つかることのない安全な場所なのだと、椿はうっとりするようなまなざしで海の見えるベランダから未菜に声をかけた。

椿は日本人会から孤立していることも話してきた。自分は愛人と言う立場で表には出られない日陰の女だから、でも、それほど好きな人に出会えたのだから、この生活を信じると。だからこそ、ミンダナオ島の大学から、日本人が留学に始めてくるので助けてほしいと連絡が来たときは、つい舞い上がってしまったこと、ベランダから差し込む光で消えそうになりながら話す椿はただただ美しかった。

20歳の未菜には、遠い世界に感じたが、椿は一泊泊まることになった未菜が次の日飛行機に乗る瞬間まで楽しそうに愛人と言う言葉は愛の人だから、妻子よりも自分が愛されてるのだと楽しそうに、少し切なそうに話し続けた。

椿は35歳だと言う。今の妻子ある彼とは、30歳の時、仕事でトラブルを起こして身寄りのない自分を救ってくれたかけがえのない人だと言う。その上、そのトラブルに追い込んだ人間は、椿に好意があり、ストーカーじみた男でその男の粘着質な性格に悩まされ、このセブ島に逃げてきた。妻子ある彼がいなければ生きていなかった。そう、椿は後ろを向きながら話した。大きい寝室に大きなベッドがあり、そこで二人で寝ていたが、未菜から椿の表情を見ることはできなかった。

椿は自分は幸せだと自分に言い聞かせていたのか?本当にそう思っていたのか?それは幼い未菜に見抜くことはできなかった。



次の日、運転手付きのワゴンで空港まで送る途中、椿は未菜に必要なものを買いに連れて行ってもらった。ミンダナオ島にあるショッピングモールとは違い、大きくて日本人もたくさんいた。洋服の下にパスポートや現金を隠し持てる腹巻のようなものや、ダミーのカバンなど、買い揃えた。それは外国で暮らす上では治安に気をつけなければいけないということでもあった。また、椿の別荘にある隠し金庫の場所を聞いた。それは建物に取り付けてあるので、そこのパスポート等は入れるように言われた。



「いつでも困ったことあったら何でも連絡してね。」

椿は笑顔で空港から飛び立つ私を見送って手を振っていた。

慈愛溢れるその笑顔から儚げな幸福と言うのを感じた。



ミンダナオ島の自分の寮に戻った。生活に慣れるまで、時間はかかるだろうが、ここで暮らしていくんだと、緑に囲まれ、その緑の向こうには海が広がり、高い建物がないから空が近く感じるその寮のベッドに横たわり、夢や憧れに満ちていた。

学校も始まり、授業はついていけないことがほとんどだったが、学校の教諭に放課後まで残り勉強をし、「日本人はさすがに勤勉だね。」と言われ、未菜はまんざら悪い気はしなかった。



その平和が3か月目に崩れた。シャワーを浴びてる最中に、忘れ物をしたので部屋に戻ると、部屋には世話係のリリーがいた。

よく見るとリリーは、麻で編んだような袋に、未菜の持ってきた化粧品や少しのアクセサリーを入れていた。

「リリー!!」

リリーは、買い物や学校の行き方、出かけるとき、いつも一緒だった。問い詰めると、一緒に暮らしてる未菜の暮らしがうらやましく妬ましく少しづつものを売っていたことがわかった。

現金や金品やパスポートなどの大切なものは椿に言われた通り隠してあったので無事だったがそのことをすぐに椿に知らせた。

あんなにやさしかったリリーは、気が狂ったようにとびかかってきて寝室のうえにおぞましいほどの虫を投げつけ這いずり回る虫に寝室は覆われ、リリーは、そのまま出ていった。

椿からは、未菜は、あれだけ外国暮らしになれていないのだから人を信用するなと言ったのにと、叱られた。

未菜は、椿に誰にも渡してはいけないと言われていたが、夜寂しくて寝れないので、リリーに寝室の合い鍵を作って渡してしまっていた。

虫の除去ができないなど、困り果てた未菜は、担任のカービーに電話した。

カービーは、すぐに駆けつけてくれた。

虫の除去をし終わった後、寝室の前にあるソファーに座り、カービーは体調はどうだ?とか、大変だったな?とか、そして、どうして椿はこんな時に来ないのか?日本人は君がこんな目に合っているときに冷たいのか?と聞いてきた。

未菜は、なぜかその質問にかあっとなってしまった。

「カービー先生!!椿さんは、セブ島から駆けつけてくれないから、確かに私はあなたを呼び出した。でも、椿さんを侮辱することは許せない。それになんなの?私は、リリーを信頼してた。でも、リリーは私のことを金ずるとしか思ってなかった。この土地に憧れてきた私は裏切られた気持ちでいっぱいよ。」

未菜は、ぽろぽろ涙を流しながらカービーをにらみつけた。

「ごめん。そんなつもりはなかった。ただ、僕でなく、同じ日本人のほうが君が心が休まるのかと思って。未菜、ここはマニラやセブと違って貧しい村なんだ。リリーは特に…親も身寄りもいなくて、非常に貧しい生活をしていたし将来も不安だったと思う。でも、だから、リリーのしたことは間違っている。それは、僕が謝る。ごめんなさい。」

そして、カービーは自分の生い立ちを話し始めた。カービーは22歳で教師をしている。そして、家族を養っている。なぜなら、父親は原因不明の熱病で2年前に他界したからだと話し始めた。

親がいない辛さをカービーも味わっていると話した。

そして、恵まれた暮らしをしただろう未菜にはわからないことも世の中にはあると話した。

日本から生徒を受け入れると大学から聞いたときの喜び、平和を願い教師になったことを切々を語った。



未菜は、黙りこくってしまった。



カービーは、約束しないかと提案してきた。



提案とはこういうものだった。

未菜は、日本人らしい服装や持ち物を持たずに、現地の人間としての生活を受け入れれ、この島に来てお金は使い果たし貧しい生活をしている、としりつく限りの人間に言うんだ。そうすればお金がほしくて人が寄ってくることもない。

そして、僕は、信頼を取り戻すためお金で振り回されることのない唯一の友人であることを誓う。と言う提案をしてきた。



カービーは最後は、ひざまずき、涙を浮かべ、言葉を発した。



「どうか、僕らにもう一度チャンスをもらえないだろうか?決して君を裏切らないし、国境を超えた友情と信頼をはぐくみ、素晴らしい残りの留学生活を約束するから、もう一度信じてほしい」と。



未菜は、下を向いていたが、涙をぬぐってカービーに小さく「イエス」と答えた。

リリーがいなくなったので食事の準備も自分でしないといけない。家庭料理を安く売ってる小さな市場に学校帰りに寄るようになった。そして、未菜は心の中で日本人という肩書を捨てて、見よう見まねで現地の人間のしているような生活をどんどん取り入れるようになった。

それから、一か月もたつと、英語や現地の言葉を言葉を覚えてきたせいか

「改めて仲良くしてね。」と新しい友達もでき始めた。リリーと一緒にいるあまり、見えてなかったクラスメイトや町の人との交流が増えた。

「私たち、セブやマニラの人間と違って外国人に慣れてないから恥ずかしくて話しかけられなかったの。これからは、友達になってもいいかな?」

とかかわり方がずっとわからなかったクラスメイト達がいつも一緒にいてくれるようになった。

どんどんと現地の文化を吸収できる…いや、この国の人間になれているようで、ケラケラ笑いながら日々が過ぎていった。

日本人と言う肩書を捨ててから、未菜は開放的な気分になり、言葉の吸収も早くなり、海辺で寝転んだり、終始、クラスメイト達の誰かと過ごした。見栄を張らないその関係はプレッシャーとか、いろんな物を捨てさせてくれた。



日本では考えられないほど、皆は陽気だった。

青春だったからだろうか?



ある授業での教科書で驚いたことがあった。



心理学の授業だった。

「未菜、教科書に書いているけど、『自殺』は日本が生み出した文化だと言われている。『ハラキリ』と言う物をすると書いてある。」



クラスにどよめきが起こった。



注目が未菜一人に集まる。



未菜はハラキリってあの武士の?と想像をした。しかし、英語がうまく出てこない。英語の電子辞書を取り出して自分なりの意見を述べた。



「日本は自殺大国と言われていると日本の新聞で読んだことがあります。でも私は、死のうと思ったことはありません。なので、日本人の心理ではないと思います。そして、ハラキリのことはよくわかりません。今の日本ではしてないからです。」



心理学の教授は興味津々に聞いていた。



「フィリピンはキリスト教の国だが、僕たちキリスト教の人間は自ら死を選ぶことを禁止されている。懺悔と言う物がある。僕らの罪は神父と神に懺悔し、浄化されることで許され、また新しい命で生きていけるからだ。日本にはそういう宗教はないのかい?未菜?」



「日本は、宗教の自由が保障されていて自分で宗教を選ぶことができます。ただ、キリスト教の懺悔と言う風習が気になるのですが、では、キリスト教に入っていれば、どんな罪を犯しても教会に行って許しを請えば、傷つけた人間がいたとしても、新しく出発していて、罪悪感と言う物を持たないということですか?」



クラスメイトはシーンとなった。日本と違い、宗教を重んじる国での宗教に対する質問は慎重にしなければいけない。それでも、未菜は、最初に信じていたリリーの裏切りが納得いってなかったのだろう。



「では、日本人は、一度犯した罪や失敗を、一生背負うことから逃げるために自殺すると解釈していいのかな?僕は、過ちは、許され生きることのほうが大事だと思うんだ。過ちや罪の意識にさいなまれて苦しむ時間があれば楽しく生きたほうがいいと思う。未菜は日本人だけど、どう思うのかい?」



「わ、私は、、、罪は懺悔して神に謝るのでなく、罪を償い、罪を犯した人に謝るものだと思ってきました。それが日本の文化かどうかわかりません。でも、日本の道徳では悪いことをしたら謝りましょうと習いました。」



「未菜、僕らは神にずいぶん救われている。未菜、日本人の生真面目で勤勉で筋を通すという考えは一つの宗教だ。勤勉で一つの仕事をしたら何十年も続ける。そして、不倫などの不貞行為をすれば、一生前の家族に償っていかなければならないほどの責任感を持っていると聞く。一見素晴らしいし、日本の経済発展は世界でも優れたものだ。それほどのプレッシャーを背負っているからこその発展だろう。でも、発展することが幸せなんだろうか?正しいことをするのがすべてなのだろうか。僕の過去を話そう。僕は神父だった。牧師の家に生まれ、当然のように神父になった。しかし、今の妻を愛してしまった。修道場を逃げ出し、私は、家を捨てて妻と駆け落ちし、この村の神父に許しを懇願した。僕は今、3人の子供を持ち、神父を辞めることなど許されないのに、神に生かされることができた。ハラキリは、自分が間違いや失敗を犯したときの責任で行われると教科書に書いてる。もし、それが本当だとしたら、僕は悲しい。未菜も、もし、これからどうしても逃げたくなり人生をやり直したくなったらここに帰ってくるんだよ。ここは、ビザもパスポートも何もいらない。身一つの人間も同じ人間だと、国籍が違っても、未菜、君ならここで生きていけると思う。現に、クラスメイトや、僕学校の全員は、未菜、未菜にここでずっと暮らしてほしいと思ってるんだよ。話がそれたね。教科書なんて正しいかどうかわからない。でも、これは、僕の主観ですまない。宗教とは幸福の追求だ。自殺をしないというのが幸せなのなら、無理に大きなビルを建て、上へ上へ上り責任を果たし行く人生が周りから称賛されるものでも、個人の幸せなのかと僕は憂鬱になるんだよ。僕は、何もなくても、妻と子供との暮らしがとても幸せだ。それは神の与えてくれた生きるチャンスなんだ。」



未菜は何かを言いかけたが、授業の終了のベルが鳴った。



宗教、生き方、生きるという事…。逃げるということ、懺悔…。



未菜は、自分が不思議の国にいるようにわからないことが多くなっていく日々だった。



そんな中、椿から待たせ部に呼び出された。



セブにその週末に行くと、椿は、愛人を解消されたと話し出した。



「あっけないものねー。慰謝料なのかしら。このフィリピンにある別荘や、観光ホテルの経営権は私に譲渡されたわ。新しい男とやり直せるようにって少しの現金も振り込まれてきたわ。取りつく島なんてなかった。



実はね、もう一か月前にこの話は決まっていたの。



でも、弱いものね。未菜ちゃん、貴方に話す心の整理をつけるのに一か月かかってしまった。未菜ちゃんは10カ月の留学に来ていて、もう半年が過ぎたのよね。



私、新しい男を探すわ。そのために日本に帰るわ。一人にさせて無責任だけど、ごめんね。



私、もう一度恋がしたいの。



未菜ちゃん、不安だったら日本に帰国していいのよ。私の勝手でごめんなさいね。でもね。私、女でいたいの。もう36歳。時間がないのよ。幸せになりたいの。」



泣き崩れる椿の背中をさすりながら、未菜は、ただ帰りたくない…



緑と海と空に囲まれたこの場所にもう少しいたい。日本の喧騒の中に自分は消えてしまうことへの恐怖が蘇る。



****

未菜は、小学校高学年ごろから教室での居心地の悪さを感じ始めた。中学3年生の時、同じクラスの女子がいじめにあっていた。陰険なものだったが、次のターゲットになるのが怖くて言い出せなかった。エスカレートするいじめに未菜は目で助けてといじめられてる少女に何度も訴えかけられた。



未菜はその自分に助けを求める瞳が学校から家に帰ってからも頭から離れず、毎日が憂鬱になり、勇気を出して、一人で掃除している彼女に声をかけ、家まで送ると話した。その彼女が負った傷や心の暗闇を知ることよりも、自分がいじめられることのほうが怖かった。



それでも、何かしたいと思ったのは本当だった。



一緒帰るよと未菜は彼女と誰にも見つからないように一緒に学校の帰路を歩いた。彼女は急に泣き出した。「私のことなんて嫌いなんでしょう?」未菜は慌てて「そんなことないよ!あの、貴女のこと好きな人もたくさんいると思う。でも、教室の雰囲気が、その、言えないだけで。みんな間違ってることはわかってるよ。」そう言って彼女の方に触ろうとすると、「偽善者!!こそこそとしか会えないあんたが、私の苦しみなんてわかるわけない!!」そう言い残して走り去っていった。



それからも未菜は助けようとするとトイレに呼び出され、標的の代わりになりたいのか?と主犯格の女子たちに詰め寄られた。



その数日後、いじめられてた彼女は自殺した。



未菜は、それから高校に進学し、クラスにいじめが起きないように道化師のようにふるまったり、本音を話せる友達ができないまま、空気を読み、まるでクラスの中の空気のように過ごしていった。



そんなとき恋焦がれたのが、フィリピン、ミンダナオ島だった。大学入学後、第二外国語のスペイン語の授業の教授の話は、いつも楽しかった。大学生の時に世界に出なさいと言うのが口癖で、自分がスペインや欧米を回り歩いて今スペイン語を教えてると高らかに誇り気に話していた。その授業で、ある女子生徒が、手を上げて、教授に質問した。「私は、この大学生活で世界を見たいと教授の言うことを聞いて共鳴しました。そこで、一人で逝くのはまだ勇気が出ないし、一緒に海外に行く友達もいないので、この場を借りて、一緒に海外に行ってくれる人を募集してもいいでしょうか?」そうはっきりと述べた女生徒を振り返ると、大きな瞳とサラサラのロングヘアで少し筋肉質な体系をした身長の高い女生徒だった。恋するように、未菜は、その女生徒に授業中であるにもかかわらず「私も教授に憧れ、世界に出たいと思っています。私でいいでしょうか?」と答えていた。



スペイン語の教授は、「青春時代の友情は素晴らしいのよ。世界に出なさい。そこで友情も深まるわ。もちろん日本の素晴らしいところも見えてくる。日本を素晴らしいと言える人間になるためにも、二人は世界に生きなさい。この二人に拍手を!!」を立ち上がり拍手をした。



そして、二人で旅行代理店を訪れ、金額や英語が通じるところなど相談し、フィリピンに決めたのだ。その時は、観光地で有名なセブ島に行くだけの予定だった。しかし、冒険心の強い同行する女子生徒、かな恵の強い要望で、近隣の島も行くことになった。



そこで、セブ島からかな恵と未菜は船着き場に無計画で行き英語がうまく勇気も決断力もあるかな恵が、ミンダナオ島の海岸部がおすすめだと話してきてその場で船に乗った。



到着したとき、未菜は感動した。夜行便の船だったが、到着するというような声が聞こえはじめ船の窓を見ると、初めて朝日が昇るところを見た。そして、一日しか滞在しなかったその農村は、緑に囲まれ小さな学校があり、窓ガラスが一枚もない木造の校舎で、教室にドアもないような開放感だった。そして、未菜の胸をときめかしたのは、音楽が鳴り始めるとダンサーさながらに町中の人が躍りだし、自分とも手をとりあって言葉は通じなくてもだれとでも挨拶ができる、言葉にできない開放感だった。



かな恵に興奮気味に未菜は「かな恵!!私、ここにする!!世界に出るのここにする!!と手を握って話すと、「えー??まだ一か国しか見てないんだよ。私はもう少しいろんな国を見てから選びたいわ。後で後悔するんじゃないの?」とくすくす笑いながら言われた。



その後かな恵は、ジャーナリストになると言って、だれよりも勉強し、バイトを夜中に詰めて授業と授業の合間に海外に行くような生活を始めた。かな恵と未菜とは自然に疎遠になった。



それでも、出発の一週間前、寂しくないようにとかな恵は未菜の家まで来て日本のはやりの音楽をプレゼントしてくれた。



未菜は、このフィリピンの農村に恋をしてときめいて恋をして滞在することになった。



未菜はだって、中学生の時助けられなかったクラスの女子が自殺してから心から笑えたのは、この土地で半年滞在して心を許しあえる信頼や心がここにはあると思えたからだ。



****

椿とは、イタリアンレストランに行ったり、ショッピングをして、椿の何度も「私、もう一度恋をするの。次が最後の恋よ。だめだったら何度でも恋をするわ。」と、お酒を飲みすぎた椿のただ笑うような話を未菜はうんうんと聞いて一夜がたった。



椿は、

二日酔いして起きると頭が痛い時はこれなのよ。と、出発する前に一杯飲んでいってと、甘いほっとチョコレートを未菜に差し出した。



ミンダナオ島に到着すると、椿の別荘の前で誰かに背中をポンポンとたたかれ、びくっとして後ろを振り向いた。



「僕だよ。ミーナ。先生だよ。カービーだよ。」



未菜はほっと溜息をついて、ドアの近くまで行った。



「ミーナ、少し話がしたい。椿から電話があったよ。」



(ああ、日本へ帰れと言われてしまう)

そう冷や汗をかきながらそおとドアの扉を開いた。カービーと、後ろに女性がいた。



「ミーナ、紹介するよ。僕の母親だ。入ってもいいかい?」

会釈した女性は、カービーとともにソファに座り、未菜と対峙した。

まずは、カービーが話し出した。

「椿から電話があった。椿が日本に帰国し、当分こっちには帰ってこないと。正直戸惑っている。」

未菜はおびえたように足をさんかくすわりして、小さくなってしたからカービーの顔をちらりと覗き込んだ。カービーの母親が話し出した。

「ミーナ、初めまして。ミーナ、この街はね、住み方に気をつけたら危なくないわ。だから、ミーナ、貴女は安全よ。でもね、やはり、気を付けたほうがいいわ。それでね、家族とも、町の人とも学校の人とも話したのだけど、ミーナ、貴方をうちの娘と同様に扱わせてほしいの。椿がいないということは保護者がいないから、それは、町の人も心配するわ。

カービーの妹のように、ここで過ごしてほしいと思うの。そして、もう一人うちには今日は来てないけど18歳の娘がいるから、私たちと家族になってほしいの。この農村であなたは、うちの家族だと胸を張って生きてほしいの。ミーナのことは、カービーからも、学校の人からも聞いてるわ。私この街で弁護士をしてるから、安心してくれていいわ。ミーナ、貴女さえ良ければ、日本へ帰国するまでの間でいいから、うちの家族になって。それでね、問題は住居でね、元々ここを寮にするように提案したのは仕事でセブに行った時に知り合った椿の提案なのよ。それは継続して使ってくれていいと聞いてるわ。その上で、うちの家も自分の家と同じと思ってきてくれたらいいからね。」



未菜は突然の話に、涙が溢れた。家族…。そこまでしてここの町の人は自分を受け入れようとしてくれてることに胸がいっぱいになった。



カービー「ミーナ、万が一のことを考えるとミーナを一人暮らしさせるわけにはいかない。でも、わが家も決して大きい住居に住んでるわけではなくて、ミーナと一緒に暮らすことはできない。」

カービーの母親「そこで、ミーナ、こんな素晴らしい住居ではなくなるけれども、大学の女子寮があるの。そこには、入口にガードマンもいて、鍵付きの部屋を準備できるからすごく狭くなるけど、そこは、この農村の中でも富裕層の女子生徒のために作られた女子寮よ。私たちの家は少し離れた川辺にある。ご飯はそこに食べにおいで。等以下、今町中の人がミーナのご飯は準備してくれてるはずだ。クラスメイトの家でも、どこかの食堂でも好きなところでご飯を食べなさい。女子寮の門限は21時だから、その時間を過ぎると、女子寮に入れなくなるから羽目を外さないでね。」

と、笑いかけた。

未菜もつられて笑った。

「そんなに遊ばないよ。」

未菜は、そう言いながら瞳から流れる涙を何回もぬぐった。カービーの母親は「ママって呼んでね、愛しいわが娘ミーナ。カービーのことも先生と呼ばなくていいわ。兄なのだから、カービーと呼ぶのよ。」と言って、未菜を抱きしめた。



それから、未菜はますます、現地に慣れていき、女子寮ではネグリジェをみんなで買いに行き、土曜日の夜は、誰かの部屋で夜中中おしゃべり大会をした。

その女子寮は富裕層の女性生徒が多いだけあって、少しおしゃれでわがままでかわいらしい女の子が多かった。そんな女子生徒と土日に出かけると、ナンパをされるようになった。



平日も授業の終わりは、着替えてディスコに行く日も増え、未菜は、小さな農村でたくさんの思い出を作っていった。

クラスメイトで少し目立った男の子たちとディスコで遊んでると、ミーナは背中を引っ張れて後ろを向いた。カービーが怖い顔をして「ミーナ、遊びすぎないと約束したじゃないか。何のために日本から来たんだ。もっと、おしとやかにしなさい。」と叱られた。

ミーナは、現地に慣れきっていて、カービーから逃げるのが得意になり、何度も寮までカービーに連れ戻された。



12月、年末になり、クリスマスパーティーをすると女子寮の友達に誘われ、ドレスアップをするのよと、一緒にドレスを選び、はしゃいでた。その夜。女子寮の友達は、家に帰ると言われ、一人でバスに乗って帰ることになった。

うとうとしながらバスに乗って音楽を聞いていると、突然バスが止まった。よく見ると、人気のない墓場の前で、乗客は自分一人だった。

背筋が凍るとはこういうことを言うのだ。未菜は、運転手のほうを見ると、運転手は、両手を上げて乗客のほうをちらりと見た。

ドアから逃げようとすると、未菜は、大きな男から拳銃を突き付けられた。

目を丸くして、おびえる未菜。

こんなこといなるなんてと、椿に教えてもらった、強盗に合ったときの逃げ方を思い出した。現金や金品はブラジャーのパッドやスニーカーの裏に仕込んでおいて危ない時はエイッと持ってる持ち物をすべて投げて渡して手を上げるんだと。

未菜は、死ぬかもしれないと一か八か、エイッと、パーティ―のために詰め込んだ荷物や、携帯電話、財布などが全部入ったかばんをえいっと、強盗に向けて投げて手を上げた。強盗たちがその荷物に群がった瞬間運転手がバスを最高速度で走らせた。

「君、伏せろ!!逃げるんだ。僕のそばにおいで!!」

そう言って、全速力で走ったバスは警察署に着いた。

警察署で調書を取られてると、カービーが血相を変えて走ってきた。

未菜は怒られると、覚えた顔でカービーを見たが、カービーは、「無事でよかった。」と、未菜を抱きしめた。息を切らせて「未菜、僕は君を裏切ってしまった。チャンスをくれと言ったのに、僕は、君との約束を…。」と、言いながらその場にうなだれた。

未菜は、涙がポロリと片方のほうをつたるのを感じた。「カービー、貴女は約束を守ったわ。私が間違っていた。私が悪かったわ。ごめんなさい。リリー一人が窃盗を働いたことをあなたの責任にしてごめんなさい。それは、リリーとそして、今日の強盗がしたことだわ。国籍は関係ないのに、私は日本人が信用できるとか、どの国なら信用できるとか、なんてあさましいことを言ったのか、自分で自分が恥ずかしいわ。どの国に生まれても、どの国籍でも、どんな育ちでも、信頼できる人間は信頼できるし、裏切らない人間は裏切らない。だって、同じ人間だもの。同じ空の下生きてるんだもの。あなたは十分約束を果たしてくれたわ。謝らないで。私が悪いの。ごめんなさい。」

せきをきって未菜が言うと、カービーは未菜の肩をなで、「ありがとう。」と、真剣なまなざしで未菜を見つめた。

未菜は、心臓が止まりそうなほど、カービーの目がそらせず、この人はこんなにも魅力的な瞳をしていただろうかと、褐色で細身の長身の体を起こして、警察署から保護者として、連れだしてくれた。

夜中12時になっていた。

「あ、あの、日本人だからとかではなくて、私、野宿するわけにいかないから、きっとばれないと思うから、椿さんの別荘で今夜一緒に過ごしてくれないかしら?」

「ミーナ、本当にいいのかい?」

「え?」

「ミーナ、僕は君を愛してるんだ。空港から降りた君を見たときから、僕は女性として君を愛してしまってるんだよ。ずっと、押し殺そうとしてきたけど、僕は、椿から電話があったときも、君を日本に返したくなくて、母親や学校に交渉したんだ。ミーナ、僕の妹にって、どこかホテルに泊まったほうがいい。」

「カービー、私、恋人っていたことないの。日本人は正しいなんて言ってごめんなさい。私は、ここに来るまで人を信じられずにいた。日本に生まれて、暮らして、人間不信になった。でもあなたに出会って、この島の人たちに出会って、人を信じることを知ったの。お願い。今夜、一緒にいて。」

未菜は、深夜のタクシーを警察署に呼んでもらい、椿の別荘に入った。二人は、無言で、椿の別荘に入った。

目を合わせず、ミーナは勇気を振りいぼるように言った。

「カービー、私も、貴方を愛してる。」

胸の鼓動で、未菜は自分の声すらうまく聞き取れなかった。

「ミーナ、初めてかい?」

未菜は、小さくうなずいた。

カービーは、未菜に浅い口づけをした。未菜は、カチコチに体が固まったままカービーに抱きついた。強く強く抱き付く未菜をカービーは、優しく包み込んだ。ふわりと未菜を抱きかかえ、寝室に運んだ。未菜は処女だったが、好奇心も勝り、カービーに身をゆだねた。



夜明けとともに未菜は目覚めた。カービーは、隣にいなかった。急いで服を着て外に出ると、笑顔でカービーが返ってきた。



それから二人の秘密の恋は始まった。



二人は、表面上周りからは仲のいい兄と妹として、隠れ家に、椿の家で何度も抱き合った。

未菜は、椿にだけそれを報告していた。

カービーは、未菜の髪が伸びたので、日本ではやってるヘアスタイルとかはあるのかと問うことがあった。そこまでヘアアレンジがうまくなかったが、みつあみをしてみた。カービーはすごく喜び、「僕会う時はこの髪形をしてほしい。」と頼まれた。帰国は3月。帰国の日が迫るものの未菜には実感がなかった。しかし、ある決断をする。

「カービー、私、帰国したら、フィリピンに就職するわ。セブ島の観光事業や日本語学校や、調べればきっといろんな職業があるはずよ。私、必ずこっちに帰ってくるから。日本の大学の卒表まで一年あるから、一年、待っててほしいの。」

そう、未菜はカービーに伝えると、カービーは未菜を持ち上げて、それ高く振り回し、二人で海辺に転げて笑った。「夢みたいだ。ミーナがこっちで永住するなんて。」そう言い寝転ぶカービーに未菜は、何度もキスをした。カービーは反対に抱きしめ返し、「教会で二人だけで式を上げないか?」と、提案してきた。



そして、カービーの家で夕食を取ってるとき、カービーは、母親と妹にそのことを話した。

「ミーナと結婚式をしようと思う。正式には、ミーナの親にも話さないといけないから、ミーナの仕事が決まって、こっちに住むことになったら、ちゃんとしたいけど、ミーナは来月帰国を一回してしまう。その前に何か証がほしいんだ。神のご加護を受けたいんだ。」

それをカービーの母親に報告すると、「国際結婚だなんで。」ケラケラと笑い出した。「二人の愛はわかったけど、そんなのは人生から見たら一時のものよ。結婚式まであげて絶対そんなの続かないわ。」「あ―面白いこと言うのね。」と本気にしてもらえなかった。

何をどうしていいかわからず

未菜は、下を向いて帰ろうとすると、カービーの妹のターシャが、母親の介抱が終わった後、カービーと未菜を連れ出した。



「お兄ちゃん、ミーナお姉ちゃん、私が、式をするわ。ママには、ミーナお姉ちゃんがこっちに帰ってくるまでの一年間に説得しておくから、私も、ミーナお姉ちゃんが帰国する前にしるしを残したほうがいいと思うの。神のご加護があるはずよ。私も、ミーナお姉ちゃんが結婚してここに住んでくれたらうれしい。みんなで働けば、もう少し広いところに住めるかもしれないわ。」



カービーは未菜をじっと見つめた。

未菜は、少し黙ってから、涙をぽろぽろ流しながら言った。「うん。秘密になってしまうけど、必ず帰ってくるから、ターシャ、お願いしてもいい?私、本気よ。どんな仕事だっていいわ。私、ここに住めるなら、カービーと一生を添い遂げられるなら、この愛が実るなら、どんな努力も惜しまないわ。」



そうして、その週末、いつも行く海辺の裏手に廃墟になっている教会があるとターシャに連れられて訪れた。海の裏手の洞窟の中にほこりをかぶった聖母マリアとキリストの像が祭られていた。「きゃ!!」未菜は思わず声を上げた。そこは、第二次世界大戦、フィリピンミンダナオ島で置き去りになったであろう兵士たちが祀られていた。壁には日本語で「日本に帰りたい」「日本に残した家族に会いたい」など、たくさん書き残されていた。「ミーナお姉ちゃん、おにいちゃん、ここしかこの農村の皆にばれずに式を上げれる場所を知らないの。でも、立派に十字架もたっているわ。ここで髪のご加護が受けれるのよ。」未菜は、自分はもしかしたらすごくすごく世間知らずで、国境という壁を甘く見ているのかもしれないという不安に駆られた。

カービーは、未菜の不安そうな顔を見てすぐさま「ここはやめよう。こんな暗いところで僕らは誓い合う必要はない。」と、未菜をその洞窟から引っ張り出した。

未菜は、タクシーをチャーターし、丘の上にあるリゾートホテルにターシャとカービーを連れて行った。

「多分、ここがとても安全な場所。外国人が中心に泊まるホテルで、経営者がカトリック信者だから、一度は行ったことがあるけど、中には小さな教会があるの。」

そう言って。セブ島でもらったガイドブックに載っていたリゾートホテルに二人を案内した。

「ビューティフル…。」

到着して中に入るとターシャが思わず口に出した。

「ターシャ、立会人をしてほしい。ここの教会を渡し、借りるわ。ここなら見つからないから。」

未菜は、日本を捨ててここに永住すると言ったのに、外国人向けのリゾートホテルでの挙式に少しがっかりした。

未菜はカービーときちんと愛を誓いあいたいと葛藤し、葛藤した故の決断だった。

そのリゾートホテルで白いワンピースとタキシードなどを借りた。ターシャにもピンクのドレスを用意した。

カービーが少し驚いた表情で戸惑っているのを感じた。未菜は、「カービー、信じていてね。私は、貴方を愛してるの。だから、こうするしかなかったの。あと一か月で帰国してしまう。絶対ここに戻ってくるけれど、私に、貴方との愛の思い出をちょうだい。」そう、小さな声で、涙をポロポロと流しながら未菜は声を震わせて話した。

カービーは未菜を抱きしめた。

「ミーナ、ごめん。君を追い詰めてるのは僕だね。ミーナ、君を信じるよ。こんな外国人向けの観光ホテルの一角にいると、君が遠い人に感じて、一生戻ってこないんじゃないかと思ってしまう。ミーナ、君を幸せにする。」

ターシャも涙を流しながら聖母マリアのステンドグラスから差し込む日差しの中で、愛の誓いを朗読した。

カービーと未菜は誓いのキスをした。

未菜は「帰ってくるからね。帰ってくるからね。ありがとう。マイファミリー。」とターシャとカービーにハグとキスを交互にした。



そして、帰国の前日になった。



未菜とカービーは最後の夜を椿の家で過ごすことにした。

学校へ行くと、サプライズでお別れパーティーが準備されていた。

クラスメイトや女子寮の生徒たちがはしゃぎ合い、踊りあい、最後の時間を過ごした。

担任のカービーが挨拶をする瞬間カービーは帰ってしまった。

クラスメイト達は、「先生は寂しがりやね。」と笑いながら何事もなかったようにわたって解散した。



「カービー、カービー。」

未菜は、町中くまなくカービーを探しに出た。

カービーは椿の別荘の前にいた。



「カービー。!!」

「ミーナ…。ここにいると出会った日を思い出すね。明日僕は空港に君を見送りに行かない。だって、君はここへ帰ってくるんだろう?君の心は永遠に僕のところにあるんだろう?だから、見送りなんて必要ないと思わないか?」目も合わせず後ろを向いて椿の別荘のソファににしゃがれこむカービーを未菜は抱きしめた。

「アイラブユー。ミーナ、僕は本当に君を愛してしまってどうかしてしまったんだ。だから、怖いんだよ。ミーナ。僕の父親が薬草をいくら擦って飲ませても目を開けなかったように。君とも最後になるんじゃないかと思うと怖くて、君のことをいっそ忘れようと思うんだ。」未菜は、鼻水と涙をぬぐいながら声も出ず首を振った。

「私も、貴方を愛してるわ。あなたは私に信じることを教えてくれた。愛することを教えてくれた。そして、この体も心も初めてささげた人。この先あなた以外の誰かを愛することなんてない…。信じて。」

弱弱しく、肩を寄せ合いそう伝えると、「僕を忘れさせないよ。」と、カービーは未菜を椿の別荘の寝室に運び、ろうそくに火を灯し皆に大きく深い口づけをした。一枚の布に二人はくるまり、何度もお互いのことを確かめるように夜が明けるまで愛し合い、抱き合い、一ミリの空気もお互いの中には存在しないように…。

夜が明け、未菜は、空港に向かうとカービーに告げた。

カービーは手を引っ張り「僕は行かない。だって、これはただの旅の途中だからだ。ミーナは、少し旅行に行くだけだから、僕はそんなことしない。また、会う日まで同じ愛を。」



未菜は、空港でも涙が止まらず、クラスメイト達は驚いた。

クラスメイト達は「日本に帰っても、またすぐ遊びに来ればいい。」と、おどけて見せてみた。

未菜も、本当にフィリピンに就職して帰ってこれるのか、これが最後なんじゃないかと言う不安に押しつぶされそうだった。



日本に帰国し、未菜の母親は、間もなく脳梗塞で倒れ、父親は人生やり直すと、母親と離縁し、未菜は結婚したことで、ようやく、この農村に戻ってこれた。



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