政略結婚した他人行儀な彼に催眠をかけたら溺愛獣になりました
あれは夢なの?
翌日目を覚ますと、昨日の出来事が頭の中で一気に再生され、恥ずかしさに頭を抱え込む。心の中であぁああああっ、と乙女ならぬ声が出てしまった。思い出すだけで、カアアと熱くなってりんごのように頬が紅潮してしまう。私は、雪翔さんとどう顔を合わせれば良いのやら。私は、恐る恐る寝室から出てリビングに向かった。
「……いない」
思わず肩を落とす。いて欲しかったようないないで欲しかったような。た、だ畳まれたブランケットだけが、昨日あったことが事実だと伝えていた。
「もうこんな時間」
昨日悶々と考えて寝られなかったせいか、昼近くまで寝てしまっていたようだった。
「買い物にでも行こうかな」
 私は、夕飯の買い出しへ外へと繰り出した。今日は晴れていて気持ちがいい。洗濯物も干してきて正解だった。私がよく行く近くのスーパーでは、オーガニック系食品が取り揃っていて、気に入っている。少しお値段は張ってしまうものの、良いものを体に入れたいから仕方がない。もうお金に困ることはないのに、庶民気質な自分に笑ってしまう。買い物中目についたのは、お好み焼きの粉。昔大阪で食べた時美味しかったな〜。あの時まだ私は幼くて、家柄とか将来の事とか何にも考えてなくて、ただただ家族で出かけられるのが嬉しかった。
袋の裏の作り方を見てみると、思ったほど難しそうではない。私は、お好み焼きの粉と一通りの材料を買って、帰宅した。

部屋で寛いでいると、家の電話がメロディを奏でた。
「はい、八神です」
「もしもし、しほさん?」
「あっ、お義母さん」
「例の件、調子はどうかしら?」
どうしよう。詳細に語るのはあまりに恥ずかしくて憚られるけど、あったことを伝えないわけにはいかないし。
「もしかして、何かあった?」
「い、いえっ、違うんです」
幾らか声のトーンが低くなった気がして、急いで否定する。
「その……、毎回好きだと、言っていただき、ました」
 数泊置いて、軽快なお義母さんの笑い声が、電話越しに聞こえた。
「あらあら良いこと、お熱いのね〜」
「いや、その」
「上手くいってるみたいで良かったわ〜。けど、よくあの雪翔さんにお薬を飲ませる事が出来たわね」
「はい、それは──」
 私がどうして催眠療法を行えたのか、一通り説明をした。
「そうだったのね。しほさん、チャンスがあればどんどんお願いね。そうそう、もし雪翔さんの体調に何かあった時は、かかりつけの病院があるからそこに連絡してくださいね。もちろん、しほさんもですけど」
「はい、ありがとうございます」
 お義母さんに連絡先を伝えてもらい、私は電話を切った。

そろそろ夕食を作り出す時間だ。
「よし、作るか!」
キャベツを粗く刻んで、青ねぎを小口切りにする。お好み焼きの粉に水と卵を入れてかき混ぜた後、刻んだキャベツと青ねぎを入れてさらに混ぜる。あとはフライパンに生地を流し込んで、天かすを乗せたあと豚肉も乗せて中火で焼く。
「う〜ん、良い匂い」
良い感じに下が焼けたらひっくり返す。上手くできるか緊張する。フライ返しをしっかり生地の下に入れて、
「できた!」
我ながら上手くできたと思う。
その時、玄関の鍵が回る音がした。
「ええっ」
時計をみると、いつもよりずっと帰ってくる時間が早い。私は、お好み焼きが上手くできてこの時浮かれてしまっていたのだ。
雪翔さんが、リビングに入ってきた。
「お帰りなさい。あの、今日お好み焼きを作ってみたんです。良い感じにできたと思うので、雪翔さんもお一つ如何ですか?」
「いえ、結構です」
私は何を勘違いしていたんだろう。距離が縮まっていたのは、催眠術の時の雪翔さんで、現実の雪翔さんとは何ら関係は変化していなかったのだと。
「あっ、すいません。そうでしたよね、お料理は自分で作られるんですものね」
急激に私の心が冷えていく。
「来週、八神家が参加するパーティーがありますので準備をお願いします。詳細は追って伝えますので」
「はい、承知しました」
俯いている間に、扉の閉まる音がする。八神家が参加するということは、お義母さんやお義父さんはもちろん、親族もいらっしゃるかもしれない。私は、雪翔さんの良き妻として横に立っていられるだろうか、私の胸の中に不安が立ち込めた。
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