政略結婚した他人行儀な彼に催眠をかけたら溺愛獣になりました

私ってシンデレラ…?

今日はパーティー当日。
「君のは準備があるので、あれを着てください」
リビングに行くと、テーブルの上に置かれたドレスやバックの一式。家から送られてきたのだろうか。こんなところにまで、家は口を出してくるのね。気付かれないように、小さくため息をこぼす。
でも、ふんわりと広がったシフォンの袖に、フレアラインの淡いピンクのドレス。耳元は動くと綺麗に揺れるパール。首元には上品なクリスタルの連なったネックレス。バッチリ自分の好みに合うものを選んでくる辺り、流石としか言えない。髪型は、横から後ろにかけて三つ編みを作るハーフアップにして、少し後毛と毛先をカールさせる。私は、化粧は華美なものは好まない。盛ることがどうしても似合わない顔なのだ。憧れはあるものの、こればかりは仕方がない。
「では、行きましょうか」
 雪翔さんは、フォーマルなグレーのスーツ。漂う気品に、思わず魅入ってしまい、雪翔さんが怪訝な顔をする。
「どうしました?」
「いえっ、すいません。向かいましょう」
迎えに来た車に乗って、私たちはホールに向かう。車の中から見える景色は、ライトアップされた建物が目立つようになってきた。会話がなかった中、突然雪翔さんが口を開く。
「今日は、君のお披露目会です」
「えっ」
そんなの聞いてない。事前に聞いていれば、もっと気合いを入れてメイクすることもできたのに。
「今後も関わる人が集まりますので、くれぐれも言動等気をつけてください」
「はい……」
雪翔さんにとって、私は不安要素しかない女なのだなと思う。車がホテルの脇に止まった。
雪翔さんが車から降りたので、続けて私も出ようとした。
すると目の前に出された、男らしくも細くて長い手。
「何してるんです、着きましたよ」
「え、えっと……?」
大きな手が私の手を下から向かい入れて引っ張られると、私は車外に出ていた。これは、エスコート?
「手を」
「は、はい」
雪翔さんが肘を曲げて、私に手を入れるスペースを作って促す。私は、雪翔さんに寄り添うように軽く手を添えた。
催眠療法を行った日以来の近い距離にドキマギしてしまう。
会場のホールに着いてからは忙しかった。穏やかな表情の雪翔さんに続き、私も皆さんにご挨拶をしていく。女性も男性も華やかな人ばかりで、空気に飲み込まれてしまいそうだ。
「父に挨拶に行きましょうか」
雪翔さんが、私の腰にそっと手を添える。
「はい」
「父さん」
「ああ、雪翔。しほさんもお久しぶり」
射抜かれてしまいそうな視線には、まだ慣れない。だけど、これが大人数を率いる社長の姿なんだ。
「あら、とってもドレス似合ってるわ、しほさん」
「あ、ありがとうございます」
心なしか、腰に添えられた雪翔さんの手が強くなった気がする。
「今日は、しほさんの会だからね。楽しんでくれていると良いけど」
「はい! 私のためにこんなに豪勢なパーティーをしていただいて、ありがとうございます」
「当たり前よ。これからしほさんには、八神家の一員として色々とやっていただかなければいけないんだから」
何となく、プレッシャーをかけられてる気がする。
「こらやめないか。いきなりそんなことを言ったら、しほさんも困るだろう」
「あらごめんなさいね。でも本当のことでしょ?」
あれ、腰に回された雪翔さんの手が震えてる? 隣を見た私はギョッとしてしまった。雪翔さんが、睨みつけるようにお義母さんを見ていたから。
「早くお役に立てるように頑張りますね」
「雪翔さんも頼みますよ」
「ええ、勿論です」
そっと伺い見た雪翔さんは、能面のようで何を今考えているのかわからない。
「まだ挨拶回りが回っておりませんので、これで」
「ああそうだな。きちんとやってきなさい」
お義父さんとお義母さんと離れてから、私はそっと雪翔さんに声をかける。
「雪翔さん、あの、大丈夫ですか?」
「何がです?」
これ以上踏み込んでくるな。そう言っているような声色。
「す、すいません。何でもありません」
「少し一人で挨拶に回る。君は適当に誰かと話しててくれ」
「あ、はい」
気を悪くさせてしまっただろうか。人の輪から少し外れたところで、シャンパンを飲んでいると、声がかけられた。
「えっとー、八神さん? 初めまして」
茶色の髪に、綺麗な鼻筋。
「あっ、挨拶もせずに申し訳ありません。八神しほと申します」
「あっはは。雪翔さんのお嫁さんなんだから知ってますよ。僕は、西条大斗です」
「西条さん、よろしくお願いします」
「やだなぁ西条さんだなんて。大斗で良いですよ」
眉をきゅっと下げてみてくる様は子犬のようだ。
「で、でも……」
「ちなみに歳おいくつですか?」
「25です」
「あっ、じゃあ一緒だ」
「えっ?」
どう見ても、19とか20歳そこらに見えるけど?!
「今20歳くらいって思ったでしょ?」
バ、バレてる。
「わっかりやすいな〜、しほさん」
「す、すいません失礼をしてしまって」
 ガクッと私は項垂れた。
「え? 全然気にしてないけど。普段から言われてるし。ね、タメだし大斗で良いよ」
「……じゃあ大斗さん」
「よしよし、それでよーし」
何だか明るくて面白い人だ。それから大斗さんと暫くお話しして、そこから他の皆さんも紹介してもらって、何とか場を繋ぐことができた。

お開きになる頃、雪翔さんが戻ってきた。何だかさっきよりも顔色が悪い気がする。
最後にもう一度みなさんに挨拶をしてから、車に乗り込んだ。
行き動揺に会話はない。話しかけようとしたけれど、雪翔さんは外を眺めていたので、言葉を飲み込んだ。
自宅に戻ってから、私がドレスを脱いでリビングに戻ると、雪翔さんがソファに横になっている。いつもなら、余計なお世話だと言われる気がしてそっとしておいたと思うけど、今日はできなかった。
「雪翔さん」
返事がないので、遠慮がちに肩を揺らしてもう一度呼ぶ。私はハッとして、雪翔さんのおでこ手を当てた。
「熱っ」
これは、体温計が無くてもわかる。すごい熱だ。どうしよう。
家に熱冷ましシートなんて用意していない。それにすごい汗だ。このままでは、汗が冷えて余計に酷くしてしまう。雪翔さんの息が荒い。何で私ったら気づけなかったんだろう。震えてたのは、寒気だったのかもしれない。
まずはできることをしようと、汗を拭くタオルを用意して、雪翔さんの汗を拭いていく。
「失礼しますね」
断ってから、ネクタイからスーツを脱がせていく。鍛えあげられた腹筋に思わず目を逸らしそうになってしまう。雪翔さんは、抵抗せずにただ苦しそうに唸るだけだ。
「すいません、もう少しですから」
雪翔さんの寝室から持ってきたパジャマを着せる。下は脱がせるは憚られて、ズボンだけを外した。最後に冷やしたタオルをおでこに乗せる。
「雪翔さん、飲めますか?」
念のため常備してあった漢方薬を、雪翔さんに勧める。僅かに目を開けた雪翔さんが、横たわったまま薬を飲み込む。飲み切ると、雪翔さん目を瞑った。多少、息遣いが穏やかになったような気がする。
「ふー、良かった」
その時、雪翔さんが何か呟いているのが聞こえた。そっと耳を寄せてみる。
「……、る……」
「?」
「みち…、る」
確かに、雪翔さんから聞こえた女の人の名前。ねえ、みちるって誰ですか? 雪翔さんが好きだった人? それとも今も付き合ってる人? 眠る雪翔さんは答えてくれない。
私は、何回か雪翔さんの汗を拭いたりタオルを変えるうちに、ソファの前に座って寝てしまった。

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