惨夢

 階段は途中から崩れ去り、その先にはあの際限(さいげん)を知らない真っ暗闇が広がっている。

 外と同じ状態だった。
 先ほどの揺れは、校舎の1階全体が崩落したせい────。

「高月くん!!」

 底の見えない闇に向かって叫んだ。
 まさか……まさか、崩れた1階部分と一緒に落ちてしまった?

 恐ろしい想像に足がすくむ。
 心臓が嫌な収縮を繰り返し、掌に汗が滲んだ。

「嘘だろ……」

 蒼白な顔の朝陽くんがたたらを踏む。
 眉を寄せたまま奈落を覗き込んだ。

「あのチャイムは……崩落の合図?」

 もしかしたらそうなのかもしれない。

 一度目は鳴ってから崩れ落ちるまでに間があったけれど、全員が本校舎に入った瞬間に外の世界が消滅した。
 だったら最初のそれは、始まりの合図?

「1時間経ってる……」

 朝陽くんが呟く。
 スマホで時刻を確かめたようだ。

 わけの分からない異空間でも、時間自体は経過しているらしい。

「……一旦上に行こう。ここは危ないから」

 その言葉に力なく頷いて踵を返したとき、ぞくりと背中を嫌なものが這っていった。

 ──ぴちゃ……ぴちゃ……

 水の滴るような音。
 恐る恐る顔を上げる。

 階段の上にあの化け物が立っていた。

「いやぁ……っ!!」

「マジかよ」

 青白い顔に濡れた黒髪が張りつき、制服は血まみれだ。
 夏樹くんと、もしかしたら柚の血も浴びているかもしれない。

 あらぬ方向に曲がった手足も色がなく、関節から骨が飛び出している。

 ニタリ、とその口元が歪んだのが見えた。

「ミ……ツケタ……」

 首を傾げたまま、低く(うな)るような声で言う。
 鉈がぎらりと白い光を反射した。

 逃げなきゃ。
 死にたくない……!

 そう強く思っても、身体は金縛りにでも遭ったかのように動かない。

 動けたとして、どうしようもない。
 後ろは奈落、前は化け物────逃げ道なんてない。

 瞬くと、化け物は目の前に迫ってきていた。
 首を傾げているわけじゃなかった。首の骨も折れているんだ。

(殺される……っ)

 あまりの恐怖から涙で滲んだ視界が、振り上げられた鉈を捉えた。

「花鈴!」

「朝陽く────」

 縋るようにその名を呼んだ瞬間、腰の辺りに焼けるような熱さが走った。

 伸ばした手が彼に届く前に、わたしの身体はどさりと床に崩れ落ちる。

 生ぬるい何かが頬に飛んできた。
 視界の端に赤い間欠泉が見えて、血だ、と分かった。

「う……そ……」

 間欠泉の正体は、真っ二つに切断されたわたしの腰から下部分。
 断面からあふれる血は止まらず、どろ、と内臓が滑るように飛び出してくる。

「花鈴……っ!!」

 彼の声は水中にいるみたいにくぐもって聞こえた。
 力が抜ける。
 目の前が霞んでだんだん見えなくなっていく。

 化け物が、今度は朝陽くんに向き直った。

 彼めがけて鉈が振りかざされる。
 それを見たのを最後に、わたしの意識は途切れた。
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