愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜
「だったらそばにいて!」
 エルシェは叫ぶ。
「ゼンナは私の姉であり母です。いなくなってしまったら、私はどうしたらいいのですか」
「あなた様が幽閉される原因を作ったのは私です。私がいなければ……」
 ゼンナは言い淀む。
「関係ありません!」
 父よりも母よりも長く過ごしたのはゼンナだ。食事の改善もしてくれたし、読めない字があれば教えてくれた。良いことを褒め、悪いことを悪いと教えてくれた。
 エルシェの心を形作る上で欠かせない存在だった。
「あなたもまた苦しんだのだろう」
 ヒルデブラントが言う。
「人にはない力を持ち、意図せずに人を巻き込む。苦しまないわけがない。だが、殿下の言う通りだ。殿下のために思いとどまってくれ」
 ゼンナは答えず、暗い瞳をヒルデブラントに向ける。
「その命をいま一度、殿下のために使ってはくれないか」
 ゼンナは迷うように彼を見て、エルシェを見た。
「お願い。わがままなのはわかってます。私のためにそばにいて」
 エルシェはゼンナに向かって歩を進める。
「あなたは私の家族なのです」
 その言葉に、ゼンナは顔をゆがめた。まなじりから涙が溢れてこぼれる。
 エルシェもまた涙を流し、ゼンナの手をとった。
 がくり、とゼンナは膝をついた。
 エルシェは彼女を抱きしめた。
 ゼンナは弱々しく手を伸ばし、エルシェを抱きしめ返した。
 ヒルデブラントはほうっと深く息をついた。
 満ちた月は白々と光をこぼし、血にまみれた王城を言葉もなく照らし続けた。
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