たった独りの物語~私を殺そうとしている女の子を自分の手で育ててしまいました~

白に塗れる。



『白に塗れる』



更に1年が経過したある日。



「エルさん,どうしよう。もうこんな時間!」



エスカレーター式に大学生となっても,相変わらず落ち着きのないエヴィーは,突然立ち上がって帰り支度を始めた。

もうとっくに日暮れの時刻である。

1年半も過ごしていると,エヴィーの変化がよく分かった。

時間のもたらす変化は絶大で,幼さの残った17最のエヴィーからは見違えるように見た目だけが大人びている。

出合った頃には肩ほどの長さだった髪の毛も,今や動きにくいと高い位置でくくられてた。



「あら,ほんとね……って,外は大雨よエヴィー。トロッコを使うのは危険すぎるわ」



ゆったりとした時間さえ演出大雨は,もうすぐ記録的なものになりそうな程。

魔法も知識も身について,本命の恋人まで出来たと言うのに……

向こう見ずで無茶苦茶なところは変わらない。



「今日は泊まったら? どうせいつも眠りに帰ってるようなものでしょう。……住んでもいいのよ」



刺客は私が上手く対処すればいい。

エヴィーは残念そうに首を振った。



「だめなのエルさん。私もお願いしたことあるんだけど,ちょっと過保護で……エルさんの事,詳しく話せたら許可してくれると思うんだけど」



それは無理だと分かっているから,今までエヴィーも口にしなかったのだろう。



「じゃあこの雨の中歩いて帰るの? ここは山よ。外を見ればきっと両親や友達も分かってくれるわ」

「うん。分かってる。でも大丈夫よエルさん」



エヴィーは自分の身体能力に自信があるようで,直ぐにでも帰ろうとしていた。

5分程度の道ならまだしも,森の真ん中に建てたせいで街までは遠い。

エヴィーは頑なで,止めても勝手に出ていく予感がする。



「はあ……じゃあトロッコをつたって帰りなさい。少なくとも,崖から落ちる心配はなくなるから」



(まさか私が,わざわざこんな心配をする日が来るなんて)



ここはこの子の家ではないのに。

私の家かと言われれば,エヴィーが来てからは多少の実感がわくようになっていたけど。

だからって誰からも隔離されたこの場所で,住んでもいいなんて口にすることがあるとは思わなかった。



「じゃあね,師匠。また明日!」

「雨が降ってたら来ちゃだめよ。これは師匠命令だから,ちゃんと聞きなさい。じゃなきゃ2度と敷居は跨がせないわ」

「ふふ。はーい」



エヴィーは白と黒でデザインされた外套のフードを手で押さえて,風の強い外へ飛び出していく。



(まったく,前も見ずに……)



意外にも転ぶ所を目にしたことはないけれど,とてもドジなエヴィーだから。

多少の呆れを含みつつその後ろ姿を見送った。

私は風の抵抗を受けながら,扉を閉める。



(景観に合わせて木造にしたけれど。そろそろ耐久性が心配ね)



なにせ素人の自己建築。

何とかロックまでかけて,私はまた元々座っていた椅子に腰かけた。

珈琲を注いで,本を開く。



(……~ーっ)



時計の音がやけに大きく耳に響いて,私は荒っぽく本を閉じた。



(もうっ~っ)



音を立てて外套を羽織り,翻す。

周りの安全もそこそこに,私はエヴィーの後を追った。

急げば中間地点で追い付いて,距離を保ったままその後をついて歩く。

エヴィーなりに急いではいるようで,いつもより歩調がすたすたと速いものになっていた。



(森を出るまで,森を出るまでなんだから。これは師匠としての務めであって,それ以上じゃないわ)



息を殺して後を追う。

気配を消すなんて,日頃相手をしている人の真似をすれば簡単だった。



「んー,よっと。わっ真っ暗! 急がないと!!」



森を抜け,無事にエヴィーが駆けていく。

私も静かに踵を返そうとしたその時,遠くからエヴィーに何者かが近づいた。



「エヴァ様!」



ぱたぱたと,その音だけで相手が複数人であることが分かる。



「え……っ。あれ? みんな!」



声の主は中々の年配だったけれど,エヴィーは軽く驚いただけで,親しげに迎えた。



(あれ……は)



多数から傘を向けられて,恥ずかしそうに微笑むエヴィー。

それを取り囲む大人達は,雨に霞む,真っ白な白装束に真っ白なコートで身を包んでいる。

この国において,白は,特別な意味をもっていた。

白は,この国で信仰を掲げる唯一の機関,"教会"のシンボルカラー。

それを全身に纏う彼らはそれだけで大きな力を持ち,民には尊敬され,ついには『我らかしずくは神のみなり』と王侯貴族を恐れない声明を出すに至っている。

本来,彼らが敬称を付ける相手なんていないも同然だというのに。

たかが小娘(エヴィー)相手にあたふたとしている様子は,異様にも見えた。



(エヴィー,あなたは一体)



私は本来の目的を達成したことも忘れて,気の影から様子を伺い続ける。



「さあさエヴァ様,帰りますよ」

「最近はお帰りがやけに遅いと使用人達も心配しておりますゆえ」

「お父上もですぞ。今日もこんな大雨で,門限も過ぎました。あまり我らに冷や汗かかせなさいますな」

「もう,皆して心配症なんだから」



くすくすと中心で笑うエヴィーは,周りの反応にも慣れた様子。

濡れる心配もなくなり,帰ろうとゆっくり歩き出すエヴィーのフードが,はらりと落ちる。



(そう言えば)



エヴィーはそろそろ暑いと私に口を出しながら,毎日かかさずあの外套を身に付けて来ていた。

黒と白のデザインは,可愛らしく目を引くもので。

直ぐ引っ掻けるくせに,必ずいつも肌身離さず側に置いる。

その白の部分の生地は,遠目に見ても。

彼らの装束と同じものに見えた。



(てっきりどこかの貴族のお嬢様だと思っていたのに)



予想外もいいところ。



(エヴィーは教会と何らかの関係がある)



私の敵とも言える組織の,お宝(おひめさま)なのかもしれない。

雨足は,彼らの足音と反比例するように強くなり。

私のフードをぐっしょりと湿らせた。

そこから,自分がどうやって帰ったのかも分からない。

教会は,200年も昔に発足した名ばかりの組織。

当時の王が他国から輸入した信仰の文化を利用して建てたのが始まりである。

実際はそこに王の信仰など含まれておらず,真の目的は暗殺集団の育成用アジト建設にあった。

教会と言う建物は,民から金を巻き上げるに事欠くことがない。

税金を無理矢理引きあげるよりも,王の思惑通りずっと効率のいいものだった。

知る人ぞ知る王侯貴族御用達の,人殺し集団。

堂々とするその裏では,清廉潔白などありもしないのが教会だった。

一見王侯貴族の権威を蔑ろにするかのような宣言も,実際は互いの協力関係を強める目的があったりなどもして。

近年は他国からやって来た"本物の司祭"が要職に着いたこともあり,本来の姿を見せ始めているものの……

暗殺業は,その目につかない範囲で今も行われている。

その代表的な例が,私のもとにやってくる刺客達だった。

まず,王から命令を受けた家臣がさらに教会へ依頼を出し。

私のせいで帰ってこないことによる人出不足と,年々白くなる教会内での近年の動き辛さを背景に持つ教会が,他国やその辺のちんけな組織に依頼をだし。

結果,育ち切らないほぼただの人間である輩が私を襲撃し続けているのである。

清廉潔白を謳う教会内部で直々に育成される暗殺者は,身元不明な捨て子と決まっているけれど……



(エヴィーは確かに体幹がいいし,よその女の子より筋力がある。でも,少なくともそういった類いの動きは見せたことはない)



狙う狙わないをよそに,暗殺を家業にする人間には独特なくせがある。

エヴィーにはそれがない。

だから,エヴィーは教会出身の暗殺者と言うわけではないはずだ。



(だからと言って,ただの捨て子や教会のたかが個人の娘では,あのような扱いを受けることは出来ない)



つまり,エヴィーは……



(信じたくないけれど,教会の重鎮達のうちのどれかの娘と言うことになる)



綺麗な面だけ見せて育てたのだろうけど……

今の重鎮の面々からいくと確実に,エヴィーの両親は私の首を狙っていることになってしまうのだ。

そうなると話は変わる。

もし,私たちの師弟関係が露見したとして。

エヴィーは知らなかったで済むはずだった。

エヴィーの両親はエヴィーを庇って抱き締めていればよかったし,魔法や知識を得られただけ損失はないはずだった。

けれど,教会の重鎮の娘ともなると,それだけで済むはずがない。

私を殺すために,エヴィーを利用するくらいならまだいい。

私さえかわし続ければいいのだから。

けれど最悪,エヴィーを盾にしたり,勘当する可能性さえある。

まともな人間はあんな組織で頭を張り続けようとはしない。

私達の関係は,最初から。

お互いに毒になるものだった。

気付いた途端悶々と,エヴィーとの過去が後悔に変わっていく。

1人で生きると決めた日から,私は誰とも関わってはいけなかったのだ。



(エヴァ·ルイス)



ルイスの性に聞き覚えはないけれど。

もう,あの子を引き離さなければ。


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