王宮に薬を届けに行ったなら

21.紡ぐもの

結局、カザヤ様に会えたのはそれから丸一か月後のことだった。

久々の呼び出しに私はかなり緊張していた。

あぁ、どうしよう。心臓がうるさい。

久しぶりのカザヤ様に胸がドキドキと騒ぎ立てる。

こんなに会っていないのは初めてだろう。
なんだか上手く顔が見れない。

けれど1ヶ月ぶりのカザヤ様は変わらず素敵だ。

「座ってて」

促されるまま、いつものようにソファーに座ると、カザヤ様が紅茶を入れてくれた。

「ありがとうございます」

きっと国王陛下にお茶を入れてもらう部下など、この世に私だけだろう。
なんて果報者だろう。

「久しぶりだな。元気だったか?」

カザヤ様は私の隣に座り、穏やかに微笑みながらそう声をかけてきた。

「はい。ディア薬師長のことは衝撃的でしたけど、やっと薬師室の皆んなも落ち着いてきました。新体制となり、みんな張り切って頑張っています」
「そうか、それなら良かった。……ラナ? どうした、俯いて。何かあったのか?」
「いえ……」

カザヤ様もお変わりはない様子にホッとする。久しぶりに会ったからだろうか。

たけど、やっぱり顔が上手く見れない……!

どうしよう。不自然極まりないと思う。でも、緊張と恥ずかしさで顔が上げられない。

さらに以前よりも、国王の風格のようなものが出てきたか、より素敵になっているカザヤ様にドキドキが止まらなかった。

でも……。
緊張している場合ではないんだ。今日は、カザヤ様にちゃんと言わないといけないと思って覚悟をしてきた。

グッと拳を握る。

会わない間に、私は覚悟を決めていたのである。

これまでのように、私がここにたやすく来てはならない。
カザヤ様は国王陛下で、私はただの王宮薬師だ。これからの未来を考えた時、こうして一緒にいるべき相手は私ではない。

カザヤ様の優しさに甘え続けてはいけないの。どこかで線引きをして心を決めないと……。
このままズルズルとしていては駄目。

だってそうでしょう?

もしカザヤ様が他の誰かと結婚をするとき、私は捨てられてしまうだろうし……。いや、もしかしたら愛人かな? 平民の女がなれるのはその程度だ。

そんな立場は耐えられない。これから辛い想いしかしないのなら、一時の恋愛を楽しむべきではない。

今ならまだ傷は……浅い……かな? うん。きっとこの先よりはまだ浅くて済むはず。だからこそ、ちゃんと距離を取らないと。
これからは一国民として、カザヤ様を、国王陛下を敬愛していると伝えねば……。

そう覚悟してきたのに、言葉が出てこない。喉でつっかえてしまう。

私は誤魔化すように明るく書類を取り出した。

「あ、これマリア薬師長から預かってきたものです」

昼間にマリア薬師長から、カザヤ様に渡してほしいと封筒を預かってきた。中身は見ていない。

それを受け取り中を確認すると、カザヤ様は嬉しそうに口角を上げた。

なんだろう。何かいいことでも書いてあったのかしら。

カザヤ様はそれをしまうと私を覗き込んだ。

「ラナ。今日は、ラナに話があって呼んだんだ」
「話ですか? 何でしょうか」
「俺と結婚してほしい」

……ん? 結婚……? 

唐突に出てきた言葉に、聞き間違えかと首を捻る。

今、結婚って言った……?

「えっと……? 誰と……誰が……ですか?」
「俺とラナが。結婚」
「私と……、カザヤ様!?」

カザヤ様の言葉に驚愕して思わず立ち上がる。それをカザヤ様が笑いながら腕を掴んでソファーに引き戻された。

「ど、どういうことですか!? 私とカザヤ様が結婚だなんて……、そんなこと……、許されるはず……」

どんどんと声が小さくなる。

そうよ、許されるはずがないわ。

「冗談はおやめ下さい。お忘れですか? 私は平民出のただの薬師です。カザヤ様とご結婚できる立場にはないんですよ」

カザヤ様は小さく頷きながら私を抱きしめた。
頭の中で、その腕を振りほどけと言っているのに心がそれを拒否する。わずかな抵抗を見せるだけだ。

すると、カザヤ様が低く甘い声で囁いた。

「俺はラナを愛している」
「……っ。カザヤ様」
「ラナは? 俺のことどう思っている?」

少し体を離して、優しい瞳が覗き込んでくる。

そんなの、ずっと前から答えは出ている。でも、言葉に出していいものではない。そんな不敬なこと……。

そんな迷いを感じ取ったのか、「言って」と少し強めに促される。逃しはしない。そんな気迫が混じっていた。それに押された私は小さい声で呟く。

「私もカザヤ様を……お慕いしておりました。ずっと前から……。でも……」

それ以上は言わせないと、長い指先が唇に触れる。

「愛し合う者同士、結婚するのはおかしいことではないだろう?」

自信ありげに言うカザヤ様に首を振る。

「何をおっしゃいますか! 私はただの王宮薬師です。身分のないただの平民なんです。貴方様にふさわしくありません!」
「そういうと思っていた」

だったらとうして? 私をからかっているの? 
だとしたら酷すぎる。

私は目に涙を浮かべながらカザヤ様を押し戻した。

「だったらカザヤ様もお分かりになるはずです。私と貴方様が結婚だなんて、そんなの夢物語だと」

改めて辛い現実を突きつけられた私は、耐えきれず部屋を出ようと立ち上がった。
すると、カザヤ様が1枚の用紙を取り出した。

「それなんだが……」

テーブルに置かれた用紙の内容に目を見張る。

「これ……」
「君がよければ、の話になるんだが……。バルガの一族が君を養女に欲しいと言っていてね」

その用紙は養子縁組についての書類だった。

バルガの分家にあたるクネイド侯爵家は長年男児しか産まれず女児に恵まれていなかった。
貴族に男児は喜ばれるが、クネイド侯爵家としては長年王家に仕えてきた腹中。できるなら女児が産まれてクネイド侯爵家から王家に嫁に出し、親族となりたいところだったという。

「そこで提案したんだ。君を養女にして、クネイド侯爵家から王家に嫁を出さないか、と」
「まさか、カザヤ様が提案したんですか?」

したり顔で微笑むカザヤ様を見て目を丸くする。

「クネイド侯爵家は昔から我が王家の忠臣。縁を結ぶのはこちらとしても悪い話ではないからな」
「で、ですがいくら養女になったとはいえ、私では血筋が……」
「流れている血の話なら、俺にとってそこは重要ではない」

サラリと言ってのけるカザヤ様に思わず絶句する。
いやいや、そこって一番大切なことなんじゃないの?
言葉を無くす私に、カザヤ様は真っ直ぐ見つめて言った。

「俺はラナが欲しい。たった1人の妃として迎えたい」

言葉がでなかった。
こんな真っ直ぐなプロポーズが嬉しくないわけがない。
でも、本当に良いのだろうか。

「カザヤ様の私情で……、王家に平民の血を入れてはなりません」
「平民ではない。ラナは侯爵令嬢になって嫁いで来るんだ」
「でも」
「クネイド侯爵家も納得している。ただ、1年間だけクネイド家で生活をし、侯爵令嬢として様々なことを身に着けてもらう必要はある」

戸惑う私の両手を、カザヤ様の大きな手が包み込む。

「結婚しよう」

ああ、カザヤ様はずるい。
そこまでしてもらって、断る理由なんかあるはずがない。

「宜しくお願い致します」

言い終わると同時に、カザヤ様にきつく抱きしめられる。その腕がかすかに震え、触れた胸がいつもより早鐘を打っていた。

あぁ、カザヤ様も不安だったのかな。
忙しい合間をぬって、クネイド侯爵家を説得し手続きを進めてくれたのだろう。
私のために。それがとても嬉しい。
なんの不安もなくカザヤ様を愛することができる日が来るなんて思いもしなかった。

「ラナ」

カザヤ様が甘い声で囁くと、私の顎を上げて唇を重ねてきた。
ゆっくりと味わうかのような深い口づけに頭がクラクラしてくる。頬に触れてくる大きな手が熱い。
ついていくのに必死だ。
すると、カザヤ様がそっと唇を離した。
ぽんやりした顔で見上げると、カザヤ様は色気を帯びた目を細め口角を上げた。

「早速、契りをかわそうか」

歌でも歌いだしそうなカザヤ様は、機嫌よく私を抱き上げると寝室へ向かった。

ん? どういうこと?

キスの余韻でボーッとしていた私はカザヤ様のベッドに寝かされて、やっと言葉の真意に気が付く。

「ま、待ってください! 契りってまさか……!?」
「そのまさかだ」
「えぇぇ!! ちょっと、待ってください! まだお風呂にも入っていないし……」

何より心の準備がっ!!

赤い顔でじたばたと慌てる私に、カザヤ様は覆いかぶさっていた身体を起こした。

「では風呂に入ろうか。一緒に」
「い、一緒はちょっと……」
「では先に入るか?」

待って待って待って。そうなることはもう確定なの? カザヤ様ってそんなに野獣なタイプだったっけ?

何より急な展開に頭も心も追いつかない。

恥ずかしさから混乱する私に、カザヤ様は「あ~……」と申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめん。急ぎすぎたな。……どうしても、オウガに押し倒されたラナが忘れられないんだ。あんな怖い想い、もう二度としたくはない。だから早くラナは俺の物だって確かめたくて……。ごめん、ラナの気持ちも考えずに」

小さく微笑むと、カザヤ様は私の上からどいた。
身体を起こした私は少し驚いた気持ちでカザヤ様を見つめる。

そんな思いをさせていたなんて……。

思いもしなかった。
だって私自身はその件に関しては、もちろん不快で嫌だったが、未遂だったしさほど気にはしていない。
どちらかというと、廃人になったオウガと亡くなった前王妃のことの方が衝撃的だったから。

でも、カザヤ様からしたらとてつもなく怖くて不安で辛いものだったのだろう。

自分の好きな人が別の男に襲われそうになっていたなんて、忘れられないものなのかもしれない。

早くその出来事を帳消しにしたいと焦るほどに。

それほどまでに、きっと私はカザヤ様に愛されている。

「どうしよう……」

カザヤ様が愛おしくてたまらない。嬉しくてたまらない。
今までの気持ちが爆発しそうなほどに、カザヤ様を心の底から愛していると感じた。

それと同時に、体が離れたことが寂しいと思う。ずっとその腕の中にいたい。抱きしめてほしい。愛を囁いてほしい。
そして、私もカザヤ様を愛していると伝えて安心させてあげたい。
身も心も繋がって、私がカザヤ様のものだと刻んでほしい。はしたないと思われても、それが私の今の素直な気持ちだった。

「こんな気持ち初めて……」
「何をブツブツ言っているんだ?」

覗き込むカザヤ様に自分から抱き着いた。カザヤ様が息を飲むのが分かる。

「ラナ、今の俺にそれは……。襲っちゃうから……」
「かまいません」
「え……」

私は腕の中からカザヤ様を見上げた。きっとみっともないほど真っ赤になっているだろう。

それでも……、今ここで勇気を出さないと、この心の準備が揺らいでしまう気がする。

「私も、カザヤ様と同じ気持ちです。あなたのものになりたいし、あなたが私のものだと実感したい……んっ」

言い終わると同時に、その唇をカザヤ様に塞がれた。性急なその口づけはカザヤ様に余裕がないのを物語っている。

私も余裕なんてない。身体全部がカザヤ様を求めていた。

空気を求めて軽く口を開くと、そこからカザヤ様の舌が侵入してきた。まるで口腔内を食べてしまうと言わんばかりに蹂躙される。
私の舌と合わせると、電流のように腰にしびれを感じた。お腹の奥が熱くなる。

あぁ、どうしよう……。

室内に水音が響き、恥ずかしくてたまらない。身体が震えて腰に力が入らない。

「ラナ……」

カザヤ様は私の頭を支えながらゆっくりと横たえる。上からのしかかるカザヤ様の瞳は、欲と熱がこもっていて何とも言えない色気を醸し出していた。

「愛している」

何度もささやかれ、私も同じように応えたいのに口からは嬌声しかでてこない。全て脱がされて恥ずかしいのにもっとと強請ってしまう。

快感の波にのまれるのが怖くてカザヤ様に手を伸ばすと、嬉しそうに微笑みながら身体を揺らしてくる。

カザヤ様が触れてくるところ全てが熱くて溶けてしまいそうだった。

「カザヤ……様……」

幸せだ。それ以外に言葉が見つからない。全て夢のようで、でも夢であってほしくない。

カザヤ様の手を握ると強く握り返してくる。
この手は決して離してはいけない。これからずっと先の未来を紡ぐためには、こうしてこうして手を取り合って共に歩んでいくのだ。

彼となら、迷いはない。
彼となら、それが出来るのだ。
私は心に誓って、幸せの波にそっと身を委ねた。 


END


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