王宮に薬を届けに行ったなら
9．自覚のタイミング
一度強く意識をすると、もうだめだと思う。
躊躇いながらも、いつものように部屋の扉を叩いて名乗ると、「どうぞ」とカザヤ様の声がする。中に入ると、書類をバルガに手渡すところだった。
「じゃぁ、これでよろしく」
「承知いたしました」
バルガは通りすがりに私を一瞥するが、すぐにそらされてしまった。相変わらず、バルガは探るような目で私を見てくる。
信用されてないのかな。少しだけ気まずいのよね……。
バルガが出て行くと、今日も二人きりの空間だ。私は目の前にいる人物をそっと見つめた。
毎日恒例の時間。二人でお茶やお菓子をつまんで、他愛ない話をする。それがこんなにも胸が苦しく、ドキドキする時間になるなんて……。
意識した途端、これだもの。どうしたら良いのかしら。
「ん？ どうした、ラナ？」
私の視線に気が付いたカザヤ様は口角をあげて振り返った。優しい表情に胸がキュンと鳴る。
「い、いえ……。お仕事の方はいかがですか？」
「相変わらずだ。忙しいけどまぁ、充実している……かな？」
微妙そうな顔をして首を傾ける。
国王としての仕事はやりがいはあるが、それだけが仕事ではない。考えることも決めることも多いし、私には計り知れない重圧もあるのだろう。
「今は大臣の配置換えを検討しているところだ。既存のままの人もいるし、更迭する人もいる」
サラッと更迭という言葉が出てドキッとする。私の反応にカザヤ様は複雑そうに口角を上げた。
「親父の代は良くても、俺になったとたん気に食わないとして謀反を企てる奴もいるからな。そこは慎重にやっているつもりだ」
「謀反……。まさか今までも何度かそういう目に……？」
私の問いかけにカザヤ様は曖昧に笑う。肯定も否定もしないということは、そう思われる事案が何度かあったということだろう。
そんな……。
ゾッとした。
いくら同じ王宮内の敷地で仕事をしているからと言って、私のような一介の職員にはカザヤ様の身の回りのことは詳しく話は流れてこない。
もしかしたら何かしら、危険な目にあうことも珍しくはないのでは…？
王宮内にもそう言うよからぬ考えの人は少なからずいるのだから。
仕方がないこととはいえ、恐ろしすぎる。
「ラナは変わりないか？」
カザヤ様は話題を変える様に、明るく私の方を振り向いた。
「あ、はい。私は相変わらずです。先日、珍しい薬草を手に入れたと採集者が持ってきてくれました。今はそれの成分を研究しているところです。研究次第で、どんな薬が作れるのか……。今からワクワクしています」
私はカザヤ様のことは深く追求せず、振られた話題に乗った。
「もし毒だったらどうするんだ？」
「私たち薬師は多少の毒なら耐性はあります。強力な毒なら死んでしまうかもしれませんが、そういった薬草を採集者が見つけてくることはありません」
採集者とは国中の薬草を探して歩きまわる人たちのことだ。王宮にも少なからずいて、彼らが採取する薬草を研究して私たちは薬を作る。
流れ者の採集者なら毒を掴ませられることもあるかもしれないが、王宮直轄の採集者はそんなことはしない。そこを見極める目を持っている特別な人たちなのだ。
「毒にも慣れている…？ そうか…、薬師は皆そうだったな」
薬師たちは皆、体に害がない程度の毒を飲んで自分自身を研究材料にすることが多い。私も例外ではなかった。多少の毒なら私には効かない。カザヤ様は驚いた顔からすぐに納得した表情になる。
「カザヤ様もそうですよね？ 王族は皆、幼いころから毒にならすと聞いたことがあります」
「あぁ、そうだな。まぁ全員ではないが、そういう者もいるさ。俺も一通りの毒なら耐性がある」
だとしても、毒は毒だ。
耐性があっても致死量によっては簡単に命を落としてしまう。いくらカザヤ様でも……。
解毒薬について、ますます研究をしていかなければ。
思わず頭の中でいろんな薬の調合を考え始めてしまった。
「ラナ？」
思わず思考が飛んでいた事に気が付き、何でもないですと首を振るとカザヤ様は小さくあくびをした。
「カザヤ様、お疲れですか？ そろそろ寝た方がよろしいのでは…？」
「あぁ、悪い。ついあくびが出て……。今日は昼間特に忙しかったから、ラナといてホッとしたんだろうな」
さりげなくそう言われ、頬に熱が溜まるのを感じる。
どうしてこう嬉しくなる言葉を言ってくれるんだろう。無意識？ わざと？ 胸がキュッと苦しくなる。
「でも、今こうしてラナといるんだし、寝るなんてもったいない」
ニッと口角を上げてからかうような瞳をのぞかせる。
「な、何をおっしゃるんですか！ 体を休めることが先決です！」
私はカザヤ様の腕を掴むと、寝室の方へ背中を押した。
「また明日きますから、今日はもう休んでください」
「じゃぁ、この前のようにそばに居てくれないか？」
「え……。……ついていたらちゃんと休んでくれますか？」
「もちろん」
そう言うなら……。
なんか、微笑むカザヤ様に上手く丸め込まれた気がする。
仕方なく着いていることに決め、一緒に寝室へと向かう。ベッドに横になるカザヤ様をベッドサイドから見守ることにした。
「一緒にベッドに入ってくれたら、一瞬で寝れると思うんだけど」
「ご、ご冗談を！」
からかうカザヤ様の言葉に真っ赤になる。
口調が軽いからどこまで本気で言っているのかさっぱりわからないわ。
カザヤ様はすぐにウトウトと眠そうにし始めた。
あぁ、やっぱりすごく疲れていたのだろう。ジッとその綺麗な顔を見つめる。
国王陛下の寝顔をこんな風に間近で見られるなんて……。きっとこの国で私くらいなものだろうな。
その胸に幸福感と優越感が押し寄せる。
カザヤ様が完全に眠ると、私は一歩近づいた。そっと顔を近づけると、カザヤ様からいい香りがする。
眠っているからこそできる大胆な行動よね…。
ドキドキしながら鼻が触れそうなところまで近づくと、小さな声で「おやすみなさい」と呟いた。
カザヤ様の部屋を出て、自室へ戻ろうと廊下を歩く。すると数歩先にある柱にもたれかかるようにして誰かが立っているのが見えた。
誰だろう。暗くて顔が良く見えない。気にしながら歩いていくと、そこにはバルガの姿があった。
「バルガ様……」
「ラナ、カザヤ様は？」
「今、お休みになられました。カザヤ様に御用があったのでしょうか？ お待たせしてしまい申し訳ありません」
私が部屋にいたから入って来れなかったのだろうか。気を遣ってくれたのだろう。だとしたら申し訳ないことをした。
しかし、バルガは私の前に立つ。
「いえ、あなたにお話があって待っていました」
「話……ですか？」
なんだろう……。
バルガの無表情に不安が募る。何か悪いことでもしてしまっただろうか。
まさか、さっき毒の感想を聞いて研究したいとか思ったのがバレた！？ いやいや、口に出していないのだからバレるはずがないわ。なら、一体？
すると、バルガは意外なことを言い出した。
「カザヤ様のこと、どうお考えですか？」
「え……？ どう、とは……？」
「あなたの気持ちです。カザヤ様に対しての感情をお話しください」
「感情……」
あぁ、そういうことか。
バルガの言いたいことが分かった。
私がどういう気持ちでカザヤ様といるのか。そこに恋愛感情はあるのか。
それを聞きたいのだろう。
どう答えたらいいだろう……。このドキドキは恋愛感情なのか。それともただの憧れなのか……。
きっと、恋愛感情なんだろう。カザヤ様を一人の男性として意識してしまっている。
カザヤ様と一緒にいると楽しいし、心が休まる。もっとカザヤ様を知りたいし、そばに居たいし必要とされたい。カザヤ様の役に立ちたいし、心が休める存在でありたい。
なにより、触れ合いたい…。
そこまで考えて頭を振る。
いやいや。なんて浅はかな考え。私なんかがカザヤ様に……、国王陛下に持っていい感情ではない。好きだなんて簡単に言ってはいけない言葉なのだ。
私はなんの立場もない、ただの平民で使用人なのたから。
そこは自分でもよくわかっている。
俯いてギュッと手のひらを握った。
「私はカザヤ様を尊敬しています。素晴らしい……、国王陛下だと思っています」
「尊敬……。そこに他の不純物は紛れていますか？」
不純物って。
バルガの言い方に苦笑が漏れそうになる。
私の思いは不純物なのだろうか。うん、不純物だわ。
「紛れてはいません」
そう言うしかないでしょう？
「そうですか……。承知いたしました」
バルガは一礼すると私の横を通り過ぎて行った。
ハァと息を吐く。無意識に息を詰めていたようだ。
バルガの気持ちはよくわかる。国王の側近として私の気持ちを確かめないといけないと感じたのだろう。もし私が何か「不純物」を抱いていたら引き離さなくてはならないものね。
だって、私はカザヤ様に相応しくはないもの。
けれど……。
「こんな形で自覚などしたくなかったわ」
ポツリと言葉が漏れた。
躊躇いながらも、いつものように部屋の扉を叩いて名乗ると、「どうぞ」とカザヤ様の声がする。中に入ると、書類をバルガに手渡すところだった。
「じゃぁ、これでよろしく」
「承知いたしました」
バルガは通りすがりに私を一瞥するが、すぐにそらされてしまった。相変わらず、バルガは探るような目で私を見てくる。
信用されてないのかな。少しだけ気まずいのよね……。
バルガが出て行くと、今日も二人きりの空間だ。私は目の前にいる人物をそっと見つめた。
毎日恒例の時間。二人でお茶やお菓子をつまんで、他愛ない話をする。それがこんなにも胸が苦しく、ドキドキする時間になるなんて……。
意識した途端、これだもの。どうしたら良いのかしら。
「ん？ どうした、ラナ？」
私の視線に気が付いたカザヤ様は口角をあげて振り返った。優しい表情に胸がキュンと鳴る。
「い、いえ……。お仕事の方はいかがですか？」
「相変わらずだ。忙しいけどまぁ、充実している……かな？」
微妙そうな顔をして首を傾ける。
国王としての仕事はやりがいはあるが、それだけが仕事ではない。考えることも決めることも多いし、私には計り知れない重圧もあるのだろう。
「今は大臣の配置換えを検討しているところだ。既存のままの人もいるし、更迭する人もいる」
サラッと更迭という言葉が出てドキッとする。私の反応にカザヤ様は複雑そうに口角を上げた。
「親父の代は良くても、俺になったとたん気に食わないとして謀反を企てる奴もいるからな。そこは慎重にやっているつもりだ」
「謀反……。まさか今までも何度かそういう目に……？」
私の問いかけにカザヤ様は曖昧に笑う。肯定も否定もしないということは、そう思われる事案が何度かあったということだろう。
そんな……。
ゾッとした。
いくら同じ王宮内の敷地で仕事をしているからと言って、私のような一介の職員にはカザヤ様の身の回りのことは詳しく話は流れてこない。
もしかしたら何かしら、危険な目にあうことも珍しくはないのでは…？
王宮内にもそう言うよからぬ考えの人は少なからずいるのだから。
仕方がないこととはいえ、恐ろしすぎる。
「ラナは変わりないか？」
カザヤ様は話題を変える様に、明るく私の方を振り向いた。
「あ、はい。私は相変わらずです。先日、珍しい薬草を手に入れたと採集者が持ってきてくれました。今はそれの成分を研究しているところです。研究次第で、どんな薬が作れるのか……。今からワクワクしています」
私はカザヤ様のことは深く追求せず、振られた話題に乗った。
「もし毒だったらどうするんだ？」
「私たち薬師は多少の毒なら耐性はあります。強力な毒なら死んでしまうかもしれませんが、そういった薬草を採集者が見つけてくることはありません」
採集者とは国中の薬草を探して歩きまわる人たちのことだ。王宮にも少なからずいて、彼らが採取する薬草を研究して私たちは薬を作る。
流れ者の採集者なら毒を掴ませられることもあるかもしれないが、王宮直轄の採集者はそんなことはしない。そこを見極める目を持っている特別な人たちなのだ。
「毒にも慣れている…？ そうか…、薬師は皆そうだったな」
薬師たちは皆、体に害がない程度の毒を飲んで自分自身を研究材料にすることが多い。私も例外ではなかった。多少の毒なら私には効かない。カザヤ様は驚いた顔からすぐに納得した表情になる。
「カザヤ様もそうですよね？ 王族は皆、幼いころから毒にならすと聞いたことがあります」
「あぁ、そうだな。まぁ全員ではないが、そういう者もいるさ。俺も一通りの毒なら耐性がある」
だとしても、毒は毒だ。
耐性があっても致死量によっては簡単に命を落としてしまう。いくらカザヤ様でも……。
解毒薬について、ますます研究をしていかなければ。
思わず頭の中でいろんな薬の調合を考え始めてしまった。
「ラナ？」
思わず思考が飛んでいた事に気が付き、何でもないですと首を振るとカザヤ様は小さくあくびをした。
「カザヤ様、お疲れですか？ そろそろ寝た方がよろしいのでは…？」
「あぁ、悪い。ついあくびが出て……。今日は昼間特に忙しかったから、ラナといてホッとしたんだろうな」
さりげなくそう言われ、頬に熱が溜まるのを感じる。
どうしてこう嬉しくなる言葉を言ってくれるんだろう。無意識？ わざと？ 胸がキュッと苦しくなる。
「でも、今こうしてラナといるんだし、寝るなんてもったいない」
ニッと口角を上げてからかうような瞳をのぞかせる。
「な、何をおっしゃるんですか！ 体を休めることが先決です！」
私はカザヤ様の腕を掴むと、寝室の方へ背中を押した。
「また明日きますから、今日はもう休んでください」
「じゃぁ、この前のようにそばに居てくれないか？」
「え……。……ついていたらちゃんと休んでくれますか？」
「もちろん」
そう言うなら……。
なんか、微笑むカザヤ様に上手く丸め込まれた気がする。
仕方なく着いていることに決め、一緒に寝室へと向かう。ベッドに横になるカザヤ様をベッドサイドから見守ることにした。
「一緒にベッドに入ってくれたら、一瞬で寝れると思うんだけど」
「ご、ご冗談を！」
からかうカザヤ様の言葉に真っ赤になる。
口調が軽いからどこまで本気で言っているのかさっぱりわからないわ。
カザヤ様はすぐにウトウトと眠そうにし始めた。
あぁ、やっぱりすごく疲れていたのだろう。ジッとその綺麗な顔を見つめる。
国王陛下の寝顔をこんな風に間近で見られるなんて……。きっとこの国で私くらいなものだろうな。
その胸に幸福感と優越感が押し寄せる。
カザヤ様が完全に眠ると、私は一歩近づいた。そっと顔を近づけると、カザヤ様からいい香りがする。
眠っているからこそできる大胆な行動よね…。
ドキドキしながら鼻が触れそうなところまで近づくと、小さな声で「おやすみなさい」と呟いた。
カザヤ様の部屋を出て、自室へ戻ろうと廊下を歩く。すると数歩先にある柱にもたれかかるようにして誰かが立っているのが見えた。
誰だろう。暗くて顔が良く見えない。気にしながら歩いていくと、そこにはバルガの姿があった。
「バルガ様……」
「ラナ、カザヤ様は？」
「今、お休みになられました。カザヤ様に御用があったのでしょうか？ お待たせしてしまい申し訳ありません」
私が部屋にいたから入って来れなかったのだろうか。気を遣ってくれたのだろう。だとしたら申し訳ないことをした。
しかし、バルガは私の前に立つ。
「いえ、あなたにお話があって待っていました」
「話……ですか？」
なんだろう……。
バルガの無表情に不安が募る。何か悪いことでもしてしまっただろうか。
まさか、さっき毒の感想を聞いて研究したいとか思ったのがバレた！？ いやいや、口に出していないのだからバレるはずがないわ。なら、一体？
すると、バルガは意外なことを言い出した。
「カザヤ様のこと、どうお考えですか？」
「え……？ どう、とは……？」
「あなたの気持ちです。カザヤ様に対しての感情をお話しください」
「感情……」
あぁ、そういうことか。
バルガの言いたいことが分かった。
私がどういう気持ちでカザヤ様といるのか。そこに恋愛感情はあるのか。
それを聞きたいのだろう。
どう答えたらいいだろう……。このドキドキは恋愛感情なのか。それともただの憧れなのか……。
きっと、恋愛感情なんだろう。カザヤ様を一人の男性として意識してしまっている。
カザヤ様と一緒にいると楽しいし、心が休まる。もっとカザヤ様を知りたいし、そばに居たいし必要とされたい。カザヤ様の役に立ちたいし、心が休める存在でありたい。
なにより、触れ合いたい…。
そこまで考えて頭を振る。
いやいや。なんて浅はかな考え。私なんかがカザヤ様に……、国王陛下に持っていい感情ではない。好きだなんて簡単に言ってはいけない言葉なのだ。
私はなんの立場もない、ただの平民で使用人なのたから。
そこは自分でもよくわかっている。
俯いてギュッと手のひらを握った。
「私はカザヤ様を尊敬しています。素晴らしい……、国王陛下だと思っています」
「尊敬……。そこに他の不純物は紛れていますか？」
不純物って。
バルガの言い方に苦笑が漏れそうになる。
私の思いは不純物なのだろうか。うん、不純物だわ。
「紛れてはいません」
そう言うしかないでしょう？
「そうですか……。承知いたしました」
バルガは一礼すると私の横を通り過ぎて行った。
ハァと息を吐く。無意識に息を詰めていたようだ。
バルガの気持ちはよくわかる。国王の側近として私の気持ちを確かめないといけないと感じたのだろう。もし私が何か「不純物」を抱いていたら引き離さなくてはならないものね。
だって、私はカザヤ様に相応しくはないもの。
けれど……。
「こんな形で自覚などしたくなかったわ」
ポツリと言葉が漏れた。
