魔術師団長に、娶られました。
【第二章】

語彙が死にまして

 本人に、面と向かって、「かっこいい」と言ってしまいました。


 * * *


 休日明けに加えて午後から出勤したために、決済待ちの書類等業務が溜まっていた。
 猛烈に片付けて、訓練メニューもこなして騎士団の寮に帰り着いたシェーラは、ベッドに倒れ込んで顔面から突っ伏し、全力で落ち込んだ。

「はぁ~……言うつもりなかったのに。語彙が死んでて他に何も出てこなくて」

 まさか会うとは思っていなかったタイミングでアーロンと顔を合わせ、面と向かって「かっこいい」と言ってしまった。
 頭が素直になっていて、語彙が死んでいた。

(思っても言わないでしょぉぉぉぉ、ふつう、言わないでしょぉぉぉぉ……!)

 ごろんごろん、と枕を抱えてベッドの上を転げ回る。
 冗談とごまかすには、挙動不審すぎた、自分(シェーラ)の言動が。
 その挙げ句、反応を見るのも恐ろしくて全力で逃げ出してきてしまった。
 不甲斐ないことこの上ない。
 言われたアーロンはびっくりしただろうが、シェーラもひたすら驚いていたのだ。
 まさかそんな、自分に限ってあんな軽率なことを口にするなんて、と。

 シェーラはこの国では十分行き遅れにあたる二十六歳になるまで、恋愛の意味で男性と交流を持ったことが本当になかった。
 それこそ、十代前半であれば「浮ついた」と叱られることはあれど、二十代になれば「当然にして通過していること」に激変している男女のあれこれに、まったく縁がなかったのだ。
 その結果、実年齢に感性が追いつかず、年齢だけ順調に重ねるうちに感覚はねじれにねじれて、恋愛と聞けば「そんな浮ついたこと」と眉をひそめるくらいの潔癖を、いまだに貫いていた。
 とにかく、騎士団で一、二を争う硬派のつもりで生きてきた。
 その自分が、まさか。

 たった一度デートをしただけで、「宗旨替えか?」と言われかねないほどひとが変わったように恋愛にのめりこみ、あまつさえかっこいい男性にかっこいいですねと言ってしまうなど。
 あろうはずが。

「だって、かっこいいんだもん、アーロン様……」

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