魔術師団長に、娶られました。

少し違って、どこか似ている

「朝までひとりで本当に大丈夫ですか? 誰か、信頼できる人についていてもらう必要は? というか、真面目な話、部屋は変わった方が良くない?」

 倒れたマドックを、集まってきた騎士団の数名が担いで部屋から運び出した後。
 シェーラに付き添っていたアーロンから、再度確認をされた。
 その場にはまだ、事務方も担っているエリクを含め、三人の騎士団員が残っている。
 部下の眼前でぐずぐずとした自分を見せてはいけないと、シェーラは少しだけ無理をして、何でも無いように笑ってみせた。

「大丈夫です。このたびはご迷惑をおかけしました。たまたま騎士団寮に来たアーロン様を、巻き込んでしまって」

 手紙の不備に気づいて、わざわざ出向いてきたとアーロンは言っていた。
 結果的にそのおかげでシェーラは助かったが、これ以上世話になるわけにはいかない。
 その拒絶に対して、アーロンもさらに食い下がることはなかった。
 ただ、シェーラの目を見て、事務的な口調で告げる。

「シェーラさんを守る呪法や魔導具をいくつか置いて行きます。何か危機があれば発動して、俺に伝わる。遠隔の監視というより、単純な警報のようなものです。ドアや窓に仕掛けておくと、開閉時に作用しますが、シェーラさんのことは識別しますので普通に過ごして頂いて大丈夫です」

「わかりました。お願いします」
 
 アーロンは、シェーラの言質を得たことにより、早速窓へと歩いて行き、呪文を唱えながらガラスに触れていた。「念のため、確認します」とエリクがその側で立ち会えば、アーロンは「君はもう、魔術師団に来なさい」と軽口を叩いている。
 にゃーんと鳴いて猫の真似までして、朝まで一緒にいると言っていたくせに、いざとなれば引き際はいかにも鮮やかだ。
 それはシェーラの望み通りでもあるのだが、妙な寂しさもある。
 
(アーロン様に気遣ってもらうのが居心地良くて、欲張りになってる……。いけない)

 ずっと一緒に働いてきた騎士団の青年たちに対しては、抱いたことのない感情だ。
 彼らに期待するのは、シェーラが命令として口にした通りの内容を曲解することなく、そのまま理解し行動に移すことだけ。
 シェーラが一人になりたいと言ったら、一人になりたいのだと即座に退出してくれればそれで良い。
 だけど、アーロンに対しては「そうではなく」と甘える気持ちがどうしてもある。

 作業はすぐに終了し、後は退出するのみというところで、エリクが気を利かせて騎士団の面々とともに「先に玄関ホールに向かいます。お見送りしますので」とアーロンに声をかけて、出て行く。
 シェーラは戸口まで向かうアーロンに続き、別れの挨拶をしようと前を歩く背を見上げた。

「本当に帰って大丈夫?」

 肩越しに振り返って尋ねられて、心臓が跳ねた。
 期待しているのを見抜かれている。
 あとは素直に「やっぱりお願いします」と言えばいいのに、シェーラはどうしてもその一言を口にすることができない。

「大丈夫です」
「無理しなくても良いのに。と、言いたいのはやまやまだけど、君の場合はどこからどこまでが無理なのか、俺にもよくわからないので。尊重します。昨日の今日で、俺を全面的に信用するのも難しいかと思います」

 その言葉に、腹の探り合いめいた意図は感じられなかった。
 アーロンも、ごく普通の青年なのだと、そこでシェーラは思い知った。
 ここでシェーラが自分の気持ちに蓋をして、よそ行きの言葉を告げれば、アーロンは「尊重して」距離を置こうとするに違いない。
 シェーラが、アーロンの人となりを知って意外だったように、もしかしてアーロンもいま同じように目算のズレを感じて、シェーラとの接し方について考えているのかもしれない、と気付いた。

(距離を置いて、時間をかければ、私達は歩み寄れなくなるのでは?)

 直感的に、ここは意地を張ってはいけない場面だ、と悟る。

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