魔術師団長に、娶られました。
「正直に申し上げますと、アーロン様に守られるのも大切にされるのも、すごく心地よいです。だけど、それを認めてしまったら、『強い私』はどこへ行ってしまうんだろうと。私は今まで、アーロン様がいなくても全然平気で生きてきたのに。この先の私は、いつもあなたが気になってしまうのかと思うと、複雑で。あなたに勝手に期待して、小さな失望を積み重ねて……私はそんな自分が怖いといいますか、大変に鬱陶しいのです!」

 ただの自己嫌悪の吐露になってしまったが、アーロンは真面目くさった顔で頷いた。
 
「これまでのシェーラさんの生き方において『他人に期待しない』というのはとても大きかったと思います。他人に左右されないで、常に自分でコントロールできる範囲で行動していると、メンタルが安定します。そういう女性は、周りより賢く特別に見えるものです」

 それはつまり「周りを馬鹿だと思って、見下している」という意味? とシェーラは引っかかりを覚えつつも、ひとまず頷く。

(私はそういう振る舞いをしているように、見えていたかも。恋愛もせず、他人に寄りかからない自分は、過度に感情的にならない「わきまえた、賢い女」だと)

「私はもしかして、かなりいけすかない女でしたでしょうか」

「俺はそう思わないけど、ここで俺が適当言える男だったら『君は少し肩の力を抜いて今より馬鹿な女になりなよ、その方が可愛い』って言うとは思う。そう言われたら抵抗あるかもしれないけど、理性の声だけ聞いていても、恋愛なんかできないからね。馬鹿になるのは、有効だよ」

「アーロン様は、馬鹿で不安定で弱い女が好みなんですか」

「それなら君との結婚をすすめようとは思わない」

 ひやり、とするほどの怒りをその言葉に感じた。
 シェーラは、手を伸ばしてアーロンのローブを引っ掴んだ。まるで子どものようにすがってしまった、と気付きながら精一杯素直に言った。

「怒ったまま、帰らないでください。次に会うまで私、ずっと不安になります」

 驚いたように、アーロンが目を見開く。きつくローブを握りしめたシェーラの手を見下ろし、「怒ったわけでは」と呟いた。

「怒ってないなら、なんなんですか?」

「ふつうにびっくりしたし、正直に言うとときめきました」

 これ以上は踏み込まないほうが良いと頭ではわかりつつ、シェーラはアーロンの顔を見上げて、正直に言ってしまった。

「ときめくってなんですか?」
「聞かないでください。いまのはうっかり口がすべりました」

 早口で言うと、ローブを掴んだシェーラの手に手をかけ、外させる。
 そして「じゃあ、今日のところは本当に帰ります」と背を向けた。あまりにも、そっけなく。
 考えるより先にシェーラは腕を伸ばして、アーロンの体を背中から力任せに抱きしめた。

「……あのさ……、俺、帰るって言ってんのに……。せっかく、帰るつもりになってるのに」

 ぶつぶつと言われて、シェーラは腕に力を込めて、答える。

「帰って良いですよ。引き留めません。ただ少し、こうしていたいだけです」
「ああそう。君がそうするなら、俺だって、自分のしたいことさせてもらう」

 言うなり、アーロンはシェーラの腕に手をかける。さっと外してその拘束から逃れ、振り返ると腕を広げてシェーラを抱きしめた。
 その力の強さにシェーラが抵抗もできずに固まったところで「キス。三秒以内に拒否しないなら合意とする」と、宣言される。
 三秒、長いような、短いような、奇妙に間延びした時間がゆるりと流れて。

 アーロンは、シェーラの顎に手をかけ上向かせ、唇に唇を重ねた。

< 32 / 38 >

この作品をシェア

pagetop