魔術師団長に、娶られました。
 シェーラはまじまじとアーロンを見上げた。
 見返されて、そのあまりにも真っ直ぐな瞳に心臓が落ち着かなくなり、どうしても不甲斐なく目をそらしてしまう。
 しかし、あまりにも過剰に顔をそむけてしまえば、敵意があるかのようだ。シェーラは、大いに自分の弱さを反省した。

(これは心臓の鍛錬のため。そう。心臓の)

 自分に言い聞かせながら、繋いだ手に力を込める。
 すぐに、きゅっと握り返されて、またもや心臓が跳ねた。その勢いで、叫んだ。

「やっぱり、手をつなぐだなんて、あんまりです! 私の心臓は弱すぎるんです! アーロン様には勝てません!」

 わかりました、と答えたアーロンは速やかに手を離した。その鮮やかさに、ほんの少しの名残惜しさを覚えつつも、助かった、とシェーラが息を吐いたところで。

「勝ち負けの話にしてしまうと……。あなたは、今日団に帰ってから、俺に負けましたと報告するんですか」
「報告」

 それがどのような悪夢を引き起こすか、シェーラはまざまざと想像ができた。

(騎士団の名折れ、面汚し、風上にもおけない。副騎士団長など務まらない……、喧々諤々(けんけんがくがく)の騒ぎになる。魔術師団との和解どころではない)

 全・面・戦・争。

「できません……。私がここでアーロン様に負けてしまったばかりに、王宮全壊の危機だなんて」
「全壊。そこまでですか。騎士団の本気は」

 シェーラはそこで、がばっとアーロンに飛びついて、両手でその手を掴んだ。「えっ?」と困惑した声が耳をかすめたが、構ってはいられなかった。

「今日一日、どこへ行くにも私に手を握られていて頂けませんか? それこそ、いつ誰に偵察されていようとも、このデートは大成功で私の大勝利……、そこまで言ってしまうと言い過ぎなので、引き分け的な」

 言葉尻を濁したシェーラとは対照的に、アーロンは光り輝くばかりの笑みを浮かべて力強く頷いた。

「デートが大成功なら、俺は負けでも大敗でも構いません。勝利その他必要なものは全部あなたに差し上げます」

「謙虚ですね……っ! アーロン様、本気ですか? すみません、私、いままでアーロン様のことを誤解していたと思います。もっと勝利に貪欲な方かと……。よく知らないのにイメージでひとを判断してはいけませんね。謝罪します」

「それこそ、謝らないでください。今日一日仲良く手を繋いで……手を」

 そこで、アーロンが不自然な間を置き、黙り込んでしまった。

「……アーロン様? どうなさいましたか?」
「今さらながら罪悪感が」
「なぜ? 私は無理やり拘束されているのではなく、むしろ拘束している側ですよ? 拘束されているアーロン様が罪悪感を覚えるというのはどうしてですか?」
「ああ、なるほど。ではこの状況は、俺が捕まった、と」

 繋いだ手を持ち上げて示すアーロンに対し、シェーラはにこにこと笑いながら答えた。

「はい! 捕まえました!」



 このとき、当然にしてこの二人を遠巻きに監視している者が多数いた。
 魔術師団精鋭(休暇中)数名、騎士団精鋭(休暇中)数名、それぞれ、二、三人の組み合わせもしくは単独で噴水前の二人を監視していた。
 彼らは見た。
 シェーラの笑顔を前にしたアーロンが、まるで敗北を認めるかのように、ゆっくりと膝をつき、その場にくずれ落ちたのを。


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