EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 メールを出し終え、あたしは、サッと部屋を見回す。
 壁のホワイトボードを見やれば、ヘルプマークを書いている人間は、今日はいなかった。
 まあ、お互いに助け合って、仕事を早く済ませてしまおうというものなので、あったり無かったりなのだけれど。
 それでも、要領が良い人間と悪い人間の差が出てしまうので、各課長が仕事量を時折確認して、追加で書く時もある。
 だが、今は平和な時のようで、特に非常事態になっている訳でもなかった。
 あたしは、再びパソコンに向き直ると、朝に来ていたメールの添付ファイルを開いた。
 ライフプレジャー社の企画部長――高根さんから、いくつか企画書が送られてきていたので、目を通す事にする。
 毎年恒例のイベントごとだが、今年は、目新しさを優先しなければならない。
 改善書にも、そう書いてしまった以上、あきらめて考えるのだが、あたしの頭では、やはり無理があった。
 なので、外注してもらうのはありがたい。
 あたしには思い浮かばないようなものが、いくつも候補で送られてきていた。

 ――昔から、こういうイベントごとに縁が無かったからなぁ……。

 思わず、遠い目をしそうになってしまう。
 昔から大人しい性格。真面目で良いコ。
 いろんなものを我慢した結果――”親”には、ほったらかしで大丈夫だと認識されてしまった。

 ――いてもいなくても、関係ない。

 そんな雰囲気の家にいたくなくて――大学進学も考えず、即就職した。

 ”親”は、自立したと喜び、年の離れた弟妹へと興味のすべてを向け、あたしは、一度も家に帰る事もなかった。


 ――だから……誰かに、必要だって、言われたかった。


 思わず、昔の恋愛遍歴が浮かびそうになり、あたしは、慌ててかぶりを振って、意識をすり替える。

 今は仕事中だ!しっかりしろ!

 ――仕事しか、今のあたしが、必要とされている事は無いんだから――。
 
 それさえダメだと思われたら――あたしには、もう、何も無くなってしまう。

 だから――頑張らないといけないんだ。


 どうにか、定時で目途が付き、あたしは、そそくさと帰り支度を始めた。
 また、部長に絡まれたら、たまったモンじゃない。
 あの男は、自分の影響力を考えた事が無いんだろうか。
 心の中でぼやきながら、暗くなったパソコン画面を確認し、貴重品バッグを持つと、帰宅の途についているみんなの後に続いた。
 そして、いつものようにロッカールームでバッグを持って、上着を羽織ると、事務的に挨拶を交わして、会社を後にする。

 ――なのに。

「あ、来た来た。美里」

 ――……何で……アンタが正門前に居座っているのよ。

 何事もなかったかのように、あたしに片手を上げてくる寿和は――一瞬、眉をひそめるような姿をしていた。
 元の容姿はそんなに悪くないはずだったのに、今は、ボサボサの髪と、ヨレヨレの服。
 すれ違う社員が、不審者を見るような目で、チラチラと見ていく。
 あたしは、急いで寿和の腕を引いて正門から遠ざけ、数メートル先の角を曲がるまで引きずって行った。

「なっ……何で、いるのよ!」

「だって、お前が帰って来ねぇから」

「……は?」

 あたしは、背筋が凍る錯覚を覚える。
「……あたし、別れるって言ったわよね。ちゃんと、メモ残したでしょ」
「ああ、捨てたよ、あんなモン。ちょっと浮気したくらいで、当てつけてんじゃねぇよ」

 ――……当てつけ?

 ……あたしの……決死の覚悟を……何だと思ってっ……!

「ホラ、帰るぞ。お前がやらねぇから、部屋がいつまで経っても汚いんだよ。服も洗濯したヤツ無くなるしさ」
 言いながら、寿和はあたしの腕を取ろうとするので、反射で避ける。
「――あ……あの浮気相手にやってもらえばいいじゃない!」
「何で」
「――は?」
「ほたるちゃんに、そんな事させる訳ねぇじゃん」
 平然と言い切る寿和に、あたしは、ついにキレた。

「ふざけないで!あたしは、アンタの家政婦じゃない!二度と目の前に現れないで‼」

 だが、踵を返そうとする手前で、寿和の手が、振り上がるのが視界に入る。

 ――あ、殴られる。

 そう思った瞬間、身体は硬直して、動けなくなってしまう。
 だが、痛みを覚悟してキツく目をつむるが、一向に感触が無い。

 ――……どうなってるの……?

 状況がわからず、そろそろと目を開けると――そこには、寿和の振り上げた腕を、後ろからつかんでいる部長の姿があった。
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