EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.5

「白山」

 午後、保留にしていた人間ドックのスケジュール調整を始めようとしたら、不意に後ろから声をかけられ、あたしは振り返る。
 すると、目の前には、仕立ての良さそうなスーツ。
 顔を上げれば、黒川部長が真後ろに立っていて、思わずビクリとしてしまった。
「――な、何でしょうか」
「改善書、これで提出しておくから」
「え、あ……ハイ。ありがとうございます」
 あたしは、それだけ言うと、パソコンに向き直り作業を始めた。
 ――別に、わざわざ報告しなくても。
 だが、何か、まだ後ろに気配を感じる。
 チラリと振り向くと、部長が肩越しに画面を見ていた。
「な、何でしょうかっ!」
「いや、できるなら、日程もう少し細かくできないか」
「え」
「工場の方は、同じ立場の人間がかぶると、作業が滞る事もある。日にちが無理なら、時間帯を少しずらすとか」
 あたしは、画面に視線を戻すと、手元のリストと交互に見やる。
「――部署と氏名、生年月日だけでは判断つきません」
「なら、いっそ、各部署に投げろ」
「え?」
「むしろ、日にちと時間帯を提示し、本人たちからの希望を募った方が早い」
「――え、で、でも、それだと、集中する日程が必ず出ます」
「第一希望から第三希望まで提出させればいい。各自、自分の業務に支障が出ないように調整するよう、メールで指示を出しておけば、こちらは余計な事に気を回さずに済む」
 部長は、何でもないような言い方で指示するが、あたしは眉を寄せる。
「それからの作業の方が、時間がかかります」
「パソコンで、できるだろう」
「――え」
 言いながら、部長はあたしの隣にイスを持って来て座る。
 どこから持って来た、と、思ったが、後ろには休憩用のテーブルセット――単純に、パイプイスと会議用テーブルを並べたものだが――があったので、そこからのようだ。
 だが、その近さに、思わず距離を取りたくなったが、隣には仕事中の後輩が画面に集中している。
 あたしは、できる限り身体を離しながら、部長の手元とパソコンを見やり、メモを取る事にした。
 ――だが、部長の方から、良い香りが微かに漂ってきて、心の中で悲鳴を上げる。

 ――ヤバい。コレ、心臓に悪い!

 イケメンて、香りも良いものなの⁉

 そんなあたしの心境を知るはずもなく、部長は、平然とパソコンを操作し始めた。
「メモするなら、待つぞ」
「えっ、あ、ハイ!」
 あたしが書き始めるのを確認すると、気持ちゆっくり目に、部長は手を動かしてくれる。
 そんな気遣いに、目まいがしそうだ。
 部長は、淡々と社内システムのファイルを開き、集計システムと名の付くファイルを開いた。
「これを使えば、勝手に振り分けてくれるぞ。――今までやっていなかったのか」
 あたしは、目を丸くしながら、部長の操作を見つめる。
 すると、一瞬で、サンプルとして入力した名前と、希望の時間帯が振り分けられて表示された。
「……こんなの、あったんですね……」
 しみじみと言うと、部長は、あきれたようにあたしを見やった。
「――使っているヤツは使っているぞ。営業とか、データ収集で」
「……申し訳ありません」
「まあ、仕方ない。おそらく、引き継ぎの時に、やり方をこういう風にしろ、と、言われたんだろう」
 あたしは、気まずくなって、うつむく。
 だからと言って、そこに何の疑問も持たなかったら、怠慢だと言われても仕方ない。
 部長は、立ち上がってイスを元の場所に戻す。
「じゃあ、一度使ってみろ。やれそうなら、メールで指示を出しておけ」
「……承知しました」
 あたしは、うなづくと、先ほどの部長の操作を思い出しながら、メモを取りつつ、サンプルで試してみる。
 すると、何の障害も無く、あっさりとできてしまったので、即刻、全社員向けにメールを送った。
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