EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.9

 まるで、高校生のような昼食を終え、あたしは部長を先に戻らせてから、一人、階段を下りていく。
 ――……まあ、高校の時は、こんな風な状況になんて、なった事は無いけどね。
 不意に自分の高校時代を思い出して、苦笑いが浮かんだ。
 必要とされる事がうれしくて――面倒事をすべて引き受けていたから、まともにお昼という記憶があまりなかった。
 教師からは雑用を頼まれ、クラスでは副委員長という役目を三年間ずっと引き受けていた。
 委員長には、内申を上げたいという男子が立候補していたけれど、実務はあたしに丸投げ。
 高一で確立してしまった立ち位置が、変わる事は無く。
 三年間、まるで、雑用係のように過ごしていた。

 ――けれど――いらないと思われるよりは、マシだと思っていた。


 午後からは、少々仕事に余裕ができたので、あたしは、ホワイトボードを見やる。
 まあまあ平和だったので、課長に指示をもらおうと立ち上がると、

「白山、ちょっと良いか」

 ――部長に呼ばれてしまった。

「――……ハイ……」

 渋々、部長の席に行くと、バサリと書類の束が渡された。
 両手で抱えるほどのそれに、あたしは眉を寄せて部長を見る。
「……あの……?」
「悪いが、二時からの会議に間に合わせてくれ。追加で資料がメールで送られて来た。各三十二部、終わったら、第一会議室」
「……承知しました」
 あたしは、渋々といった表情を隠さず、それを抱えて、そのままコピー機へ向かう。
 チラチラと視線を感じる気がするが、今は、与えられた仕事をするのみだ。
 基本的に、会議資料は部長宛てに社内メールで送られてくる。
 そして、それをプリントアウトされたものを、コピーして準備するのはあたし達の役目だ。
 直接、各自に送ればいいのに、とは思うが、未だにデジタル関係が苦手な上司は多いらしい。
 延々と吐き出される書類をまとめ、あたしは、隣の部屋に持って行く。
 そこは、資料作成場と言われる、会議用テーブルが並べられ、卓上ホチキスなど、必要なものが常備されている部屋。
 長年、総務部が作り上げてきたものだ。
 あたしは、そこに各ページの束を置き、指サックをはめると、淡々と作業を始めた。

 そこそこの時間を使い、資料を作り終えたら、そのまま第一会議室へ。
 まあまあ、かさばるが、あたしはどうにか抱えるとエレベーターへ向かう。
 少々足元がおぼつかないが、そんなに距離は無いはず。
 そう思いながら歩き出すと、後ろから声がかけられた。

「――おい」

「はい?」

 もう、声だけでわかってしまう。
 あたしが振り返ろうとすると、抱えていた書類の山が消え去った。
 手元には、三分の一も残っていない。
「――部長?」
「……何で、他の人間に頼らないんだ、お前は」
「え?あたしに指示を出したのは、部長でしょう」
 そう反論すると、部長は思い切り眉を寄せた。
「……オレが渡した量を見れば、普通、誰かしらに手を貸してもらおうとするだろう」
「あたし一人で可能だと思ったから、言ったんじゃなかったんですか」
 二人で書類を抱え、エレベーターホールに着く。
 部長が視線で指示してきたので、仕方なく、あたしは”上”のボタンを押した。第一会議室は五階。そのくらい、階段で行こうと思ったのに。
「可能、不可能ではない。――お前、全部自分でやろうとするな。何のためにヘルプマークとやらがあると思っている」
「あれは、抱えている仕事が詰まっている時に使うものです。今の状況は、必要ないと思いますが」
 何でもかんでも助けてもらおうなんて、思っていない。
 自分が助けに行くのならまだしも――仕事が終わらないから助けて、なんて、言える訳がない。

 ――だって、そんな事したら――あたしは、必要ないって思われそうだから。

 無言になった部長は、エレベーターのドアが開くと、あたしの手元に視線を向けた。
「残りも乗せろ。オレが持って行く」
「え、でも」

「――いいから、お前は自分の仕事に戻れ」

 そう言った部長の声は――何だか、冷たく感じた。
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