EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 部屋に戻ると、小坂主任がヘルプマークを出していたので、あたしはそちらに向かった。
「――主任、何かお手伝いがあれば」
 あたしがそう言うのを待っていたかのように、彼女はあたしに大量の名刺を押し付けるように手渡した。
「ありがとぉ!これ、新しい名刺なんだけど、リストの打ち込みまだなのよー。あたし、これから業者さんと打ち合わせだからぁ」
 言いながら、主任は立ち上がりパソコンと筆記用具を抱えて、そそくさと部屋を後にした。
 あたしは、彼女を見送ると、自分の席に戻る。
 ウチの会社は、社長以下、各部署からもらう名刺の一覧というものがある。
 現在、この取引先は誰が担当なのかを確認したり、連絡先を利用したりするためだ。
 手元の名刺は三センチ近くまで積み上がっていた。
 一体、いつから溜めていたんだ、あのヒト。
 ――主任は、細かい作業を嫌がり、よく、こうやってあたし達に丸投げするのだ。
 彼女の仕事は、主に社長や専務のスケジュール管理や調整、対外的なものが多い。
 ウチには、本職の秘書などいないので、彼女が請け負っている状態だ。
 ――ただし、時々やらかしてくれるので、そろそろ、本職を雇って欲しいものだと、みんな思っていて、誰も言わない。
 それをわかっているだろう上司たちは、けれど何も言わないので、まあまあ、やりたい放題だ。
 ――でも、だからと言って、見捨てて誰も何もやらなければ、他の人間に迷惑がかかってしまう。
 誰かがやらなければならないのなら、あたしがやる。
 ――それだけだ。
 あたしは、手元の名刺と、パソコンのファイルを交互に見ながら、打ち込みを完了した。

 終業のベルが鳴り、あたしは、手を止めて顔を上げる。
 名刺の打ち込みが終わった後、他の子の仕事も手伝い、今日は終了だ。
 あたしは、パソコンをシャットダウンし、バッグを持って立ち上がった。
 それぞれが部屋を出て行き、あたしも同じようにロッカールームに向かう。
 部長は、まだ戻って来ていないので、遅くなるのは確定だろう。
 ――いっそ、あたしだけで行こうか。
 舞子に説明もしなきゃだし。
 あたしはそう考えると、会社を出て、駅には向かわず、バスに乗って舞子の部屋に向かった。
 今日は休みじゃないけれど、部屋の合い鍵はまだ持っている。
 四十分ほど揺られ、近間のバス停で降りると、思わずキョロキョロと辺りを見回してしまった。
 ――寿和がいるはずはないのに。
 ひとまず、気配は感じられないようなので、あたしは、舞子の部屋に久し振りに戻ったのだった。
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