EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 以前の家は、駅近だけあって、連絡通路から十分も歩けば到着した。
 寿和は鍵を開け、あたしを部屋に入れる。
 瞬間、自分の口をふさいだ。
 ――何よりも、臭いがひどい。ゴミ溜めのような部屋。
 一体、いつから捨てていないんだろう――食べ散らかしたゴミが分別もされずにビニール袋に突っ込まれ、部屋中に投げられていた。
「……寿和、アンタ、まともな生活って、何だと思う……?」
「な、何だよ、急に……」
 こみ上げてくる吐き気と、怒りを抑えながら、あたしは夜にもかかわらず、窓を全開にする。
 まず、生命維持が先決だ。
「――朝昼晩、ちゃんとしたものを食べて、規則正しい生活を送る。たとえ、職業が夜勤とかでも、できるはずよ」
「……説教はどうでもいいんだよ。さっさと片付けろよ」
 開き直った寿和を、あたしはにらみつけて続けた。
「片付けるだけにしようと思ったけれど、気が変わったわ。――アンタの根性、叩き直さなけりゃ、あたしは自由になれない」
「――はぁ?」
 にらみ返す寿和を無視して、あたしは、足元のゴミ袋を開く。
 予想通り、何も分別もしてなけりゃ、呼吸するのもはばかられるような臭いに、食べ残しがあるのがわかる。
「……あたし一人にやらせないで。アンタも手伝って」
「……何でだよ、お前がやらないから」
「あたしがやらないからって、アンタがやらなくて良い理由にはならないわよ!」
 そう、声を押さえながら、怒鳴りつけるように言うと、寿和は目を丸くした。
 それもそうだろう。
 付き合っている時――同棲している時、あたしは、何でも許してきたんだから。
 こんな風に、反論するなんて、思ってなかっただろう。
「……お前な……」
「コレ、全部洗って、リサイクル!」
 あたしは、凄んでくる寿和を無視して、ペットボトルの山を押し付ける。
 その勢いに、ついに、負けたようで、すごすごとキッチンへ持って行った。

「……なあ……どうしろってんだよ、コレ……」

 不満げにあたしを振り返る寿和に、一から教え込む。
 徐々に減っていくゴミと、増えていくゴミ袋。
 日付が変わるくらいに、ようやく、部屋に掃除機がかけられるほどの面積が現れた。
「――今、掃除機かけたら近所迷惑だから、明日やってよ」
「な……」
「使い方、書いておくから」
 寿和をテーブルまで連れてきて、手元にあった掃除機をスイッチは入れずに動かしてみせながら、メモを書き綴った。
「あと、お風呂だけやって帰るから」
 戸惑う寿和を置き去りに、お風呂の掃除に手をつけ、ようやく使えるようになったのは、もう、真夜中もいいところだ。

「――……じゃあね」

 そう言って、玄関に置いていたバッグを手に取ろうとすると、その手が掴まれた。
 あたしは、眉を寄せ、顔を上げて寿和を見やる。

「……何よ。文句言わないでよね、ちゃんと、明日も来るから。それに、掃除しておかないと、退去の時困るじゃない」

「――……なあ、泊まっていけよ」

「……はぁ?」

 何を言ってるんだ、この男は。
 だが、そんなあたしを無視して、続ける。
「やっぱり、お前がいないとダメなんだよ。――別に、浮気は浮気だろ」
 言いながら、あたしを抱き寄せ、身体をまさぐっていく。
「ちょっ……や、やめてよ!」
「お礼、してやるからさ」
「ヤダってば!」
 だが、寿和はもがくあたしの服の中に無理矢理手を入れて、その感触を堪能している。
「――やめてってば……!」
 もう、完全に気持ちが離れた男に触られるのが、こんなに苦痛だなんて、思わなかった。
「お前だって、少しは期待したんだろ?」
「そんな訳ないでしょ!早く離して!」
 あたしは、言いながら、思い切り首を振る。
 けれど、寿和は聞く耳を持たない。
 一人で悦に入り、そこかしこにキスを落としていく。
「嫌だって言ってるでしょ!」
「あんな上司とか、やめとけよ。オレの方が、気持ち良くしてやれるからな。二年以上も付き合ってたんだ、お前が感じるトコくらい、覚えてるんだよ」
 その言葉に、身体は硬直する。

 ――……部長――……。

 あたしを心配してくれて――ルームシェアまで提案してくれて……。

「ホラ、戻れよ。――それとも、ここでするか」
「嫌っ……!」
 あたしは、力任せに寿和を突き飛ばす。
 体力が落ちていたのか、寿和はよろよろと後ずさり、しりもちをついてあたしを見上げた。
「……っ……おい、美里!」

「気が変わった!後は自分でやって!――もう、二度とあたしの前に現れないで‼」

 言い終わる前に、部屋を飛び出し、あたしは真夜中の、しん、とした街中を猛ダッシュで走り続けた。
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