EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.13

 真っ暗な街中を、息を切らしながらも走り続ける。
 時々振り返り、寿和が追って来ていないか確認。
 どうやら、あきらめたのだろう、姿は見えなくて――でも、早く安全な場所に帰りたくて――あたしは足を止めずに走り続けた。
 吐きそうになりながらも、どうにか駅の連絡通路までたどり着くと、一旦大きく深呼吸。
 そして、再び足を動かして階段を駆け上がり、通路を走る。
 パンプスで走っているので足元はおぼつかないが、何とか引きずるように動かして反対側への階段を下りる。

 ――……あたし、一体、何をやってるんだろう……。

 こんなだから、舞子に怒られるんだ。
 ――でも……必要だって言われたら、放っておけない。
 たとえ、それが、詭弁だとしても。

 こぼれてくる涙をそのままに、マンションへの道を歩き出そうとする。
 けれど。


「美里!!!」


「え」


 名前を呼ばれたと思った途端、身体ごと引き寄せられ、厚い胸板に受け止められた。

「――こんな時間まで、何してたんだ、お前は!」

 街灯の光の加減なのか、見上げた部長の顔は、真っ青に見えた。

「――……すみません……」

「すみません、じゃない!……電話にも出ないで、どこに行ってたんだ」

「――え」

 あたしは、その言葉で、ようやく、高根さんとコーヒーショップに入る時に着信音量を消音にした事を思い出した。
 部長から離れて、ごそごそとバッグを漁り、スマホの画面を見やればズラリと並ぶ着信履歴。
 この前の部長からの着信番号を登録してあったので、すべて、部長の名前だ。
「……もしかして……心配、してくれてたんですか」
 あたしは、部長を見上げて恐る恐る尋ねる。
 けれど、すぐに眉を寄せて返されると、部長は、自分が着ていたスーツのジャケットを脱いで、あたしの肩にかけ、前で左右を重ねた。
「え」
 そして、戸惑うあたしを真っ直ぐ見ると、部長は気圧の下がった低い声で言った。

「――何があった」

「え?」

「……服が乱れている」

「え」

 あたしは、慌てて重ねられたジャケットをのぞき込む。
 確かに、さっき寿和に脱がされかけていたせいで、ブラウスがずり上がっていた。
「ぶ、部長」
 あたしが、顔を上げると、至近距離で部長の不機嫌な端正な顔が現れ、思わず後ずさる。
「――こんな時まで、部長呼ばわりか」
 いつまで気にしてんのよ。
 そう心の中でボヤくけれど、心配してくれているのはわかったので、渋々言い直す。
「……あ……あさ、ひ、さん」
 戸惑いながらも、名前を口にすると、部長は、そっと――少しだけぎこちなく、あたしの髪を撫でた。

 ――その感触に、なぜか、ホッとしてしまい、知らない間に止まっていた涙が、またこぼれ始める。

「――……っ……」

 あたしは、うつむくと唇を噛みしめ、声を殺して涙をこぼす。

 ――……どれだけ、ダメな男になってしまっていても――どうしても、突き放せなかった。

 ――……バカだって、わかってるのに。

「美里」

 呼ばれたのに気づき、顔を上げようとする。
 けれど、すぐに部長の胸に顔を押し付けられた。

「――我慢するな。……胸くらい、貸してやる」

「……何で……いちいち偉そうな言い方なんですか……朝日さん」

 悪態をつくけれど、部長は、無言であたしをきつく抱き締める。
 その温もりで――抱えていたものが、ほんの少し、こぼれ落ちた。

「――……何で、あたし……いつもいつも、こんな……なんだろ……」

 次から次へと、あふれては流れる涙は、そのまま部長の胸にしみこんでいった。
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