EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.14

 どうにか始業ギリギリに間に合い、ホッとしながら席に着くと、あたしは、昨日、高根さんと話した見積の報告書を追加するために、パソコンのファイルを開いた。
 そこそこの時間で書き上げ、部長へと送る。
 すると、すぐに呼ばれたので席を立った。
「――見積額は、妥当だと思うが……随分と早いな。いつ返信が来た?」
 あたしは、パソコンに視線を向けたままの部長を見下ろし、報告する。
「……昨日、帰宅時に偶然、高根さんとお会いしました。ちょうど良かったので、その場で見積をお願いした次第です」
 部長は、それを聞くと、眉を寄せてあたしを見上げた。
「――お互い、プライベートの範囲で会っていたのか」
「偶然です。最寄り駅が一緒でした」
「だが、仕事は仕事だ。混同するんじゃない」
 不機嫌に言われ、あたしはムッとする。
 ――何よ、見積取れって言ったの、アンタじゃない。
「……申し訳ありません。ですが、高根さんにも同意していただきましたので、打ち合わせの範囲ととらえました」
「時間外労働扱いだぞ」
「残業代はいりません。あたしの独断ですので」
「――白山」
 まだ何か言いたそうにしていたが、あたしに電話が来ていると声をかけられたので、解放された。
 あたしは、そのまま自分の席に戻り、保留にされていた電話を取る。
「――お待たせいたしました。お電話代わりました、白山です」
『昨日はありがとうございました。ライフプレジャー、高根です』
「あ、こちらこそ、ありがとうございました」
 思わず笑みが浮かぶ。
 昨日の事で、かなり、警戒心が薄れていた。
 何より、これから付き合いのある取引相手なので、お互いに良い関係になれれば助かるはずだ。
『それで、昨日の企画の方なんですが――』
 あたしは、彼の言葉に、思考をストップさせ、仕事モードに切り替えた。

 それから、人間ドックのスケジュール調整を仕上げ、和田原課長から頼まれた会議資料を作って、午前中は終わった。
 週末なので、午後から徐々に、部屋全体の空気が変わっていく。
 毎週末、小坂主任を中心に数名で食事会と言う名の合コンや飲み会が開かれていて、そのメンバーの浮かれた空気が部屋を埋め尽くすのだ。
 ――まあ、あたしは誘われた事など、一度も無いけれど。

「白山さん」

「――はい?」

 時間通りに終業でき、少しだけホッとして帰り支度をしていると、不意に後ろから声がかかった。
 振り返れば、小坂主任が、数人を引き連れて、あたしの後ろに立っていた。
「――何か」
 あたしが、ほんの少しだけ眉を寄せて尋ねると、主任はニッコリと笑ってあたしに言った。
「これから、合コンなんだけど、一人行けなくなっちゃって。あなた、どうかしら」
「――申し訳ありませんが、所用がありますので」
「今日は、割と当たり(・・・)だと思うわよ?せっかくだし」
「結構です」
 すると、小坂主任は、あたしに耳打ちした。

「――あなた、男関係、結構派手よね?」

「――……どういう意味でしょうか」

 あたしは、表情を変えないよう努めて、聞き返す。
「何かあるなら、相談に乗るわよ、っていう意味」
「ありがとうございます。機会があれば、お願いいたします」
 そう返すと、主任は、更に続けた。
「――で、今は、部長と付き合っているのかしら」
「……え」
 思わず反応してしまい、主任はニコリと笑う。
「この前、会社のそばでゴタついてたわよね、あなた?その時、部長が付き合っているって宣言したそうじゃない。みんな知ってるわよ?」
 ――ああ、やっぱり聞かれていたか。
 まあ、あの状況じゃ、仕方ない。
 あたしは、あきらめ半分にうなづいた。
 けれど、アンタみたいな野次馬に、誰が一から十まで教えるか。
 そう、心の中で毒づく。
「……事情があって、緊急でそう言う必要がありました」
「ええ、その辺も含めて、聞きたいと思って。別に、合コンだからって、構えなくても良いのよ。ただ、男の人達と一緒に、ご飯食べるだけ」
 あたしは、笑顔で、有無を言わせない主任を見やる。
 ――……マズいわ、コレ、逃がす気無いな。
 そう感じ、気づかれない程度にため息をつく。

「――……食事だけで帰りますので」

 あたしの返事に、主任は、ニッコリと笑ってうなづいた。
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