EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.16

 そのまま、次の家具屋まで約十五分。
 車の中は、微妙な空気のままだった。

 ――もう、何なんだろう、この人。

 あたしは、チラリと、ハンドルを握っている朝日さんを見やった。
 その姿は、まるで、雑誌から出てきたように様になっている。
 ――こんな人が、何で、あたしなんか……。
 別に、生活がだらしない訳でもないし、何なら、あたしなんていなくても、自分一人で生きていけそうなのに。
 次から次へと、あたしを振り回すような事ばかりするのは、一体何でなんだろう。

 ――”お試し”の恋人が、本当に恋人になる訳ではないのに。

 ……きっと、付き合った事が無いって言ってたから――理想を追いかけているのかも。

 恋人、とか、デート、とか言うワードに執着してたし。


 ――……恋愛なんて、そんなに甘いものじゃないのにね……。


 そう思うのは――あたしが、そんな理想的な恋愛ができなかったからだろうけれど。
 キスも、その先も――なし崩しで。
 初めての彼からして、そんな風だったから――もう、麻痺しているんだろうな。

 すると、不意に身体がグラリと揺れた。
「ああ、悪い。そのまま通り過ぎるところでな、急ブレーキになった」
 朝日さんは、あたしを見ずに、家具屋の駐車場に車を入れた。
 郊外店だからか、駐車場は広いのだが幹線道路沿いなので、一方通行にしか出入りができない。
 どうやら、出入り口を見逃しそうになったようだ。
 入り口から数メートルのところに停めると、車を降りる。
 目の前の建物は、シンプルな装飾が施され、そのオシャレな外観に思わず足が止まってしまった。

「美里?」

「――……あの……本当に、買うんですか?」

「え?」

「……ダ、ダブルベッド……」

 朝日さんは、口ごもるあたしのところまで来ると、のぞき込んできた。
「――嫌か?」
「……だって……あたし達、お試し、なんですよね。……そんな、将来を見据えた付き合いって訳じゃ……」
 あたしは、そう言って、彼から視線を逸らす。
 最初の認識はそうだったはず。
 なのに、何で、朝日さんは――。
「――……そうか、それもそうだな。……性急だったか」
「いや、だから……」
「なら、ここで、お前のベッドを選べばいい」
 あっさりそう言われ、血管が切れそうになる。
 ――アンタ、あたしの話、聞いてた⁉
「なら、最初から、あっちのホームセンターで買えば済んだじゃない!」
「……だが、こっちの方が、しっかりした物があるだろうし」
「そういう問題じゃない!」
 あたしは、踵を返すと、駐車場から徒歩で歩き出す。
「美里!」
「名前呼びしないでよ!」
 朝日さんは、慌ててあたしを追いかけてくる。
 ハタから見たら、痴話喧嘩にしか見えないが、今はそんなところまで考えられない。
「――何が不満なんだ。オレが買うって言ってるだろうが」
「それが嫌なの!」
 あたしは、立ち止まって彼を見上げた。

「――あたし、朝日さんに何から何まで世話になるなんて、耐えられないの!……まるで……あたし、いらないみたいじゃない……」

 言いながら気がつく。

 ――……あたしは……この人と、対等でいたいんだ。

 今度こそ――寄りかかられて、ダメにしてしまいたくない。

「――美里」

「……名前で呼ばないでってば……」

「美里」

 不意に頬に触れた朝日さんの大きな手で、自分が泣いていた事に気がついた。
「……待ってろ、車持ってくる」
「え」
「――帰ろう。……帰って――ちゃんと、話そう」
 あたしは、うつむいて、かすかにうなづく。
 すぐに、朝日さんは車をあたしのそばにつけ、あたしは、それに乗り込む。
 来る時とは同じようで、違う、微妙な空気のまま、数十分。
 既に、いつもの、と、言ってしまうマンションに到着した。
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