EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 二人、無言のままエレベーターに乗り、数十秒で部屋に到着する。
 鍵を開ける頃には、あたしの涙も収まっていた。
「――何か、飲むか」
 少しだけ気まずそうに朝日さんが尋ねるが、あたしは首を振る。
 そのまま、ソファに二人隣り合って座ると、すぐに抱き寄せられた。
「……悪かった」
「え」
 あたしが見上げると、朝日さんは、バツが悪そうに見下ろす。
「……少し、浮かれていた。……お試しとはいえ、初めての彼女だったから」
「――……浮かれすぎです……」
「……だがな、それくらいには――うれしかったんだよ」
 思わぬ言葉に、まじまじと彼を見つめると、ふてくされたように顔を背けられた。

「――……橋で会った時、一目惚れしたから」

「……え……?」

 ――……一目惚れ……?

 誰が、誰に……??

 キョトンと返すあたしを、朝日さんは苦い表情で見た。
「……あのな、少しは気づけ。鈍感にも程があるぞ」
「うっ……うるさいわねっ!」
 すると、彼はうれしそうに笑う。
「――やっぱり、タメ口の方が良いな」
「……何言って……」
「――特別な感じがする」
 そう言いながら、朝日さんはあたしに軽いキスをする。
「……朝日さんっ……!」
 思わずにらみつけるけれど、彼はそれに構わず、あたしを離す。
 そして、真っ直ぐに見てきた。

「――改めて、オレと、付き合ってくれ」

「――……え、で、でも……」

「ダメ男にならない自信はあるって言っただろ」

 その真っ直ぐな視線に、胸が締め付けられる。

 ――……この人なら、大丈夫、なのかな……。

 そうは思うけれど――引っかかってしまうのだ。

「――美里」

 返事を急かすように、朝日さんがあたしを呼ぶ。

「――……で、でも……あたし……寿和が……」
「別れたんだよな」
「あたしは、そのつもりだけど、向こうは違うんだもの」
 完全に別れたと共通認識が無い限り、アイツの中で、あたしは未だに彼女なのだ。
 そんな状況で、朝日さんと付き合うなんて言ったら――……。
「じゃあ、オレが話をつける」
「ダッ……ダメ!そんな事したら、アイツ、何するか……」
「だが、今のままじゃ、お前が安心して出歩けないだろうが」
「でも、それじゃあ、朝日さんが何されるか、わかんない……っ……!」
 あたしは、言いながらうつむいてしまう。
 ――ああ、どうして、こんな風になっちゃったんだろう……。
 朝日さんは、両手であたしの頬を包んで持ち上げた。

「――大丈夫だ。……それとも、オレは信用できないか?」

 あたしは、かすかに首を振る。
 ――……付き合いなんて短いけれど――それでも、信用できるとは思う。
 だからこそ、迷惑かけたくなかったのに。

「――……あたしが、何とかします。……だから……待っててください」

「美里」

「……ちゃんと、終わらせてからじゃないと――朝日さんに失礼だし」

「――バカ。そんなモノはどうでもいいのに」

 あたしを抱き締めると、朝日さんは、その感触を噛みしめるように身体をまさぐる。
「――……これが、あたしです。……気に入らないなら、出て行くだけですよ」
「それこそ、バカ言うな、だ」
 そう言いながら少しだけあたしを離すと、深く口づけてきた。
 それに応えながら、そっと、彼の背に腕を回すと、更に強く抱き寄せられた。

「――……好きだ、美里」

「……朝日さん……」

「……ちゃんと、終わらせて来いよ。……いっそ、指輪用意して待っていようか」
 あたしは、苦笑いで首を振る。
「……重いです、それ」
「……そ、そうか」
 ちょっとショックな様子の朝日さんの頬に触れて、あたしは言った。

「――……もっと、ゆっくりしましょうよ。……恋愛イコール結婚じゃないんですから」

「……そう、なんだな。……お前には」

 イコールの朝日さんには悪いけれど、一生を考えるのは、恋愛の時の勢いでは無いと思う。
 何度も同棲しては振られた身としては、どうしても、慎重になってしまうのだ。

「――まあ、良い。……お互い会ったばかりで、知らない事も多いだろうし」

 少しだけ納得しきれない表情の朝日さんは、けれど、首を縦に振ってくれた。

「……ありがとうございます」

 あまりの急展開に、正直、頭も気持ちも追いついていないけれど――でも、断るという選択肢は浮かばなかった。
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