EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「それはそれです。仕事ですので、私情は挟みません。――黒川も、そのつもりでいると思いますので」
「――そう、ですね。すみません。……どうぞ、おかけください」
 高根さんは、苦笑いで返し、ソファに腰を下ろした。
 あたしも、同じように座り直すと、持って来たクリアファイルから書類を取り出す。

「――それで、お聞きになったかと思いますが、年間を通してこちらに企画をお願いする事になりましたので、その打ち合わせをお願いしたいと思っております」

 そう伝えると、高根さんの表情が変わり、背筋が伸びた。

「――ありがとうございます。全力で取り組ませていただきます」

「よろしくお願いします」

 お互いに頭を下げると、高根さんは、タブレットをデスクから持って来た。
「――では、当社で企画運営した、過去のイベントをご説明しますね」
 その口調は、既に仕事上のものになっていて、あたしは、胸を撫で下ろす。
 ――大丈夫。
 この人は、公私混同しないと思う。
 あたしは、そう自分に言い聞かせ、彼の話に耳を傾けた。


 その後、やはり、前回と同じく時間がかかってしまい、辺りはいつの間にか日も落ち切っていた。
 キリの良いところで、あたしはソファから立ち上がる。

「丁寧なご説明、ありがとうございました。持ち帰って、検討させていただきます」

「ハイ、よろしくお願いします」

 あたしは、出入口で頭を下げると、バッグを抱え直す。
 ――よし、これで、どうにか形になりそうだ。
 家で仕事をする気にはなれないけれど、明日は、少し早く会社に行って、企画書に取り掛かろう。
 じゃないと、記憶が飛んでしまいそうだ。
 高根さんから出てくるアイディアは、あたしの頭では想像もつかないようなものばかりで、メモを取るにも一苦労だった。
 でも、そのくらいの方が、新鮮なのも確かだから、仕方ない。
 あたしは、階段を下りながら、そんな事を考える。
 ――まさか、自分が、そんな風に思うなんて、思わなかったな……。

「あ、あの、白山さん!」

 すると、不意に階段の上から呼び止められ、あたしは振り返って顔を上げる。
 高根さんが、急いで下りてきたので、その場で待っていると、彼は、少し上気した顔で言った。
「……お、送ります。もう、暗いので……」
「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
 作り笑いで返すと、あたしは、彼に頭を下げ、残りの階段を下りる。
 だが、下り切った途端に、腕が取られた。
「――……高根さん?」
「あ、あの……本当に、この辺、人通り少なくなってくるから……」
 あたしは、どう断ろうか迷う。
 ――純粋な善意なのか、下心があるのか、判別がつかない。


「あれ、美里ちゃん?」


 すると、数メートル先に大きな影が現れ、名前を呼ばれた。
 あたしと高根さんは、同時にそちらを見やる。

「あ、秋成さん?」

「――え?」

 ポカンとしている高根さんの手が力を抜いたのに気づき、あたしは、そっと腕から離す。
 そして、秋成さんの元に駆け寄った。
 それだけで、何かを察したらしい。彼は、あたしに言った。
「美里ちゃん、偶然だね。こっちに用でもあった?」
「あ、ハイ、ちょっと仕事の打ち合わせで……でも、もう、終わったので」
「これから帰るの?会社、家通り過ぎないかな?」
「いえ、今日は直帰で良いと言われました」
「なら、送ろうか?おれも帰るトコだし」
 そう言いながら、秋成さんは、さりげなく、あたしを高根さんから隠すように移動した。
 その外見に、初見の高根さんは、怯みながら尋ねてきた。
「し、白山さん、そちら……」
「――あ、あの「友人(・・)の飯山です。彼女は、おれが送って行くので、ご心配なく」
 あたしの言葉を遮ると、秋成さんは、そう高根さんに告げ、視線を向けた。
「じゃあ、行こうか、美里ちゃん」
「あ、ハ、ハイ……」
 スタスタと歩き出す秋成さんに、あたしは、慌ててついて行く。
「――あ、お、お疲れ様でした、高根さん。また後日、ご連絡しますので」
「――……ハイ。……ありがとうございました」
 放心状態のように言葉を返され、若干の罪悪感を覚えるが、先を行く秋成さんに置いて行かれないように、小走りで追いかけた。
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