EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 二人で夕飯を終え、片付けや明日の準備を済ませる。
 あたしは、部屋で今日の打ち合わせのメモを片付けると、リビングに顔を出して朝日さんに尋ねた。
「あの……あたし、明日、少し早く出勤したいんですけど……大丈夫ですか?」
「何かあったのか」
 朝日さんは、ペットボトルの水を冷蔵庫に片付けながら、聞き返した。
「あ、いえ、記憶が新しいうちに、企画書始めたいなって……」
 すると、彼は一瞬、目を丸くしたが、すぐに口元を上げた。
「――なら、今、下書きだけでもやるか。……本来、仕事は持ち込みたくないが、やる気があるうちに手を付けた方が進む場合もある」
「え?」
「オレのパソコン使って良いぞ」
「え、いえ、でも」
「フォームは決まってないから、自分のものを使用しても、かまわないが」
「――……いえ、あたし、持ってないんで……」
 あたしは、ドアで顔を隠しながら言う。
 最初からダメ男を養うような状況で、経済的に余裕があった訳じゃない。
 毎月のスマホ代だって、結構な負担なのだ。
 朝日さんは、察したようで、あたしを手招きした。
「じゃあ、オレのを使えばいい。USBも余っているのがあるから、会社に持って行けるだろ」
 言いながら部屋に向かう彼を、あたしは慌てて止めた。
「いえっ……そこまでは……!……て、手書きで何とか頑張ります」
「美里」
「大丈夫ですよ。何でもかんでもパソコンって訳じゃないですし。――和田原課長なんて、今でも手書きが多いですし」
 取り繕うように言うと、あたしは、ドアを閉めた。
 ……ダメだ。
 仕事まで朝日さんに頼るようになったら――本当に、あたしは、いらなくなってしまう。
 あたしは、膝を抱えて座り、メモ帳を取り出す。
 そして、高根さんからもらった資料に記入したメモを見ながら、ひとまず体裁だけは整えようと書き始めた。


 どれだけ時間が経ったのか、不意にドアがノックされた。
 そして、返事をする間も無く、朝日さんが顔を出す。
「美里、もう、日付越えているぞ」
「えっ、あ、すみません。――もう少しだけ」
 書き始めていたら、あれもこれも思い出し、その都度、横道に逸れてしまって思うように進まない。
 すると、朝日さんが中に入って来て、あたしの手元をのぞき込んだ。
「まとまったのか?」
「……いえ、あの……上手くいかなくて……」
「――なら、もう、今日はやめておけ。頭が働かなくなるぞ」
「でも」
「明日、オレが直接指導するから」
 あたしは、朝日さんを見やると首を振る。
「――大丈夫です。……あたしの仕事ですから」
 だが、そう言うと、彼は苦々しく返した。
「その仕事を渡したのは、オレだろうが」
「……だから、あたしが……」
 言い終える前に、朝日さんは、あたしの目の前に膝をついた。
「美里、間違えるな。――お前に任せてはいるが、すべて丸投げしている訳じゃない。自分一人で抱え込むクセは、もう、直した方が良い」
 あたしは、息をのむ。
 そして、次には、恥ずかしさと怒りで、目の前が真っ赤になった。
 思い切り朝日さんの身体を両手で押すと、立ち上がる。
「美里」

「――知ったような口、利かないでよ!」

 一瞬見下ろした彼の表情は――少しだけ傷ついたように見えて……でも、あたしは、引き下がれなかった。
 だって、認めたら――あたしは、使い物にならないって事じゃない。
 朝日さんは、ゆっくり立ち上がる。
 今度は、あたしが見下ろされる番だった。
 その目は、今までの優しいものではなく――。

「――お前の仕事への姿勢は否定しない。……だが、オレは上司として、結果に対する責任を負っている。万が一があった時、責任を取るのはお前じゃなくて、オレだ」

「――……っ……」

 ――確かに、そうだ。

 でも、それまでの事は、あたしの責任なのに。

 一緒にいる時間が増えたから――あたしが、こんな風に考えてしまうのも、理解してくれたのかと思っていたけど……。

 ――……思い上がりだったのかな……。


 あたしは、硬直したまま、部屋を出て行く朝日さんを見つめた。
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