あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
 そこまで付き合わされるのは、いくら時間外手当が出ていても勘弁だった。確認のために尋ねると、もともと渋い表情をしていた猫宮の口が「む」とへの字になった。
 ならばお助けキャラの犬島さんに聞こうと龍子が目を向ければ、犬島は非の打ち所のない笑みを浮かべてきっぱりと言い切った。

「社長にはそういった相手はいませんので、ご心配なく」
「えっ、本当ですか。忙しすぎて相手が見つからないとか? このレベルのイケメンでもそんなことあるんですか」
「家同士のつながりで、良家のご令嬢と婚約の話が出たこともありますけど、今のところ成立していません。社長は完・全・フリーです」

 なぜか力強く言われたが、龍子としては(キスまでした後だから、相手がいた場合、不貞行為で訴えられないか私が気にすると思っているんですね)と納得した。

「猫化に関しては、一時期まったく能力者が現れなかったことにより、失われてしまった知識があると推測しています。ですが、猫宮家の記録をたどればどこかにヒントくらいはあるかもしれません。まったく解決の目処が立っていないわけではないので、古河さんにはそれまでの間、社長のサポートをして頂ければ」
「そうでしたか。わかりました。これが会社を辞めるとなったら無理でしたけど、失業じゃなくて配置換えなら。全部が終わったあと、再就職先を探さなければいけないわけでもないですし……」

 言いながら不安になってきて、龍子はちらりと猫宮の様子をうかがった。
 すでに朝食に取り掛かっていた猫宮は「なんだ」とばかりに顔を上げる。

「あの~、私、口止めのために消されるなんてないですよね? 大企業怖~い」
「それは絶対に、無い。俺の猫化が先祖伝来のもので、古河さんの抑止力も同様なら、猫宮家にとって古河さんが貴重な血族であるのは間違いない。おいそれと消せるわけがないだろう。むしろ一生俺のそばにいて欲しいくらいだ」

 言い終えると、ナイフとフォークでほんのりさめたオムレツを切り分けて口に運び、咀嚼。
 その様子を、龍子と犬島は言葉もなく見つめてしまった。
 注目に気付いた猫宮が「ん?」と二人の顔を交互に見る。

「何か言いたそうだが」
「いえ、まったく。社長がそういうことを女性に言えるのに驚きましたが、無自覚であることにさらに驚きました」

 犬島が何か失礼な意味合いのことを言っているのは、龍子にも察せられた。
 龍子としては二人のやりとりにさして興味はなかったが、(一生は無理だなぁ)と思いつつ、念のため確認をすることにした。

「あけすけで申し訳ないんですが、待遇面をお聞きしますね。配置換えによる減給……、営業より秘書の方が給料が安いということはありますか? 私、いまお金を貯めているところで、収入が減るのは困るんです。その、時間外のお手当はあるみたいですが」

 ここはしっかり聞いておくべきところ。
 犬島に聞いたつもりだったが、反応したのは猫宮の方が先。
 布のナプキンで口元を軽く拭って、尋ねてきた。

「それは俺も気になっていたところだ。給料に見合わない安アパートといい、贅沢している様子もない暮らしぶりといい、古河さんの収入は何に消えているんだ? 貯金だとしても、そこまで生活を切り詰める理由はなんだ?」

 それは――

 龍子が即答できずにためらったところで、テーブルに置かれた猫宮のスマホが鳴った。
 そこから朝の時間は慌ただしいものになり「後で聞く」と言われ、ひとまずその場は終わりとなった。

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