あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない

猫が社長でしゃべってる

 もののけ、とは。

 古くは「物の気」のことを言い、遭遇時点では得体の知れない何者かのことを示す言葉である。
 その正体が陰陽師などの力ある者によって明らかにされると、「死者」や「怨霊」に分類されて名を持つこととなる。

「な~んて言っていたのはうちの死んだおじいちゃんだったと思うけど、私は陰陽師とかその類のひとじゃないからわからないな~。でも、死者はどぅんどぅん襖にタックル決めてこないと思うし、自分は猫だからって愛くるしさアピールしたりしないと思うし、ん~、これはやっぱり怨霊、でも怨霊にしては何かこう、実体感が」
「おい。愛くるしさアピールってのはなんだ。俺はただ事実を言ったまでだぞ」

 龍子(たつこ)の思考ぐるぐるはあろうことか声に出ていたようだった。それを聞きつけた(ふすま)の向こうの相手が何かしらクレームをつけてきている。
 事実、とは。

「ええっとぉ……、猫でいらっしゃいますか?」
「さっき見ただろ。目ぇ合ったよな、古河(こが)龍子」

 やばい相手に顔を見られた上、名前まで把握されているということは理解できた。
 自称猫で人間の言葉を話し、ボロアパートの押入れの奥からしきりとこの世に這いずり出てこようとしている、もののけ。

(この襖は人類最終防衛ライン……! 開けたが最後ここから始まる百鬼夜行!)

 死守しなければと思う一方で、正直に言えば逃げたい気持ちが強すぎて、龍子の襖を押さえる手から一瞬、力が抜けた。

 サラッ

 しめやかな音ともに襖が開き、その向こうにはスーツ姿の眼鏡の青年が立っていた。

「夜分遅く失礼します。半信半疑の呪法だったんですが、無事に成立したみたいで。あなたの部屋はいまわが社の社長室とつながっています。こうして話すのは初めてですが、あなたのことは存じ上げておりますよ、古河龍子さん。ここで立ち話もなんですから、こちら側まで来て頂けませんか? 申し遅れました、私は秘書課社長付第一秘書の犬島(いぬしま)と申します」

 青年の足元は、次元の境目的な虹色の歪みとなって不安定に揺れている。そこを前足で踏もうとした三毛猫を、すかさず屈んで片手で拾い上げて、にっこりと微笑みかけてきた。

(いま絶対、「呪法」って言った。そしてとても丁寧に異界に誘われてる……)

 驚きを通り越して虚無からの無表情になった龍子の反応をどう解釈したのか、青年秘書犬島はさらに言い添えてきた。

「もちろんそこの境界を超えてこちらに来て頂いてからは、勤務時間とみなして残業代をお支払いします。そこは社内的に問題なく処理できますので、ご心配なく」

(心配の理由は絶対そこじゃないってわかってるはずなのに、スマートに金銭の問題にされてる……! しかも同じ会社ってこと、パワハラにならない空気感でさりげなくアピールしてきた!)

 下手なことを言ったらカウンターで丸め込まれる感がひしひしとする。龍子は慎重に言葉を選びつつ、尋ねた。

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