あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
 解散して、犬島は帰って行き、龍子は自室に戻る。
 部屋を見渡して、朝と変わらぬ西洋館らしき光景を満喫した後、ふと隅にあるコタツに気付いて声を上げてしまった。
 すぐそばに、コタツ布団セット(新品)が置いてある。
 部屋の雰囲気に合うようにしたのか、モダンな赤系タータンチェック柄。使ってくれとばかりに絨毯まで敷かれていたので、龍子はいそいそと布団袋から布団を出し、コタツにセットする。

「すごい。違和感バリバリあるのに、強引に溶け込んでいる。ここが自分の居場所だと主張している。さすが私の相棒(コタツ)……!」

 そのまま潜り込んでぬくぬくしてしまいたかったが、何しろその日身につけていたのは皺にするのが恐れ多いブランドスーツ。社長付秘書となればみすぼらしい格好はできないとはいえ、普段の龍子の手が届くようなものではない。
 部屋に併設しているバスルームで、シャワーを済ませて着替えてしまわねば。
 替えの服や下着類も注文しておく、と日中犬島に言われてサイズ等の必要事項は伝えていた。
 思い立ってクローゼットを確認すると、中には龍子用らしい数着のスーツ他、私服らしきワンピース等も取り揃えられている。ざっと見て、その量にめまいがした。

(ドレスみたいなのもある……。ドレスって)

 貧乏暮らしの庶民が、突然貴族の養女になったかのような待遇。
 もちろん、猫宮家本宅をジャージでうろつかれるわけにはいかないとか、社長に同伴する何かしらの席において、スーツではなくとも暗黙のドレスコードがあるとか。いちいち慌てないための準備ではあると考えられたが。
 平社員古河龍子、頭を抱えてしまった。

「この投資額、半端ないって……。会社的には微々たる必要経費かもしれないけど、私の給料何ヶ月分……」

 内心、これだけあったら函館の屋敷を買い戻すのに使いたかったなとは思ったが、所詮はこれは他人のお金。この投資分、自分で稼げるようにならねば、と心に誓う。
 猫脚のバスタブが置かれたバスルームにも、ふかふかのバスタオルやマット、香りの良いシャンプーや石鹸、真新しい基礎化粧品やコスメがずらりと取り揃えられていた。昨晩よく見ないで適当に使わせてもらった贅沢におののきつつ、拝んで使わせてもらう。もちろん、ファンシーな花柄のパジャマ類も完備。
 シャワーを済ませて乾きの良いドライヤーで長めの黒髪を乾かして、部屋に戻る。
 猫宮家はオイルヒーター等で常時暖房が入っているようで、コタツが恋しい秋の夜でも底冷えするほど寒くはない。
 それでも、せっかくなのでコタツで温まろうと、いそいそとルームスリッパで歩き出したところで。

 ごすん、ごすん。

「おーい、俺だー。古河さん、ちょっといいだろうか」

 明らかに人間形態ではない物音を立ててノックらしきものをしながら、猫宮がドアの前で鳴いていた。


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