あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
「猫を返してください! どこにやったんですか!」
「俺だって言ってんだろ! ここにいる、触りたければ触れ!」
「社長触って何が面白いんですか!」

 全力で言われたから全力で言い返したのに、変な顔をされてしまう。
 そこで悪の宰相、ではなく社長秘書の犬島が声をかけてきた。

「やはり彼女には猫化解呪に関する能力があるのは間違いないようです。が、その追求の前に、せっかく人間に戻れたんです。このすきにひとまず退社して家に帰りましょう。対策はそこからまた改めて」
「そうだな。ということで、古河さん。そこのドアと古河さんの自宅のつながりを切るので、その前に家に帰って必要なものを持ってここに帰ってきてほしい」
「持って……帰って……? ここへ?」

 帰ったところで次元のつながりを切ってくれたらそれで終わりでは? と腑に落ちない顔の龍子に、人間の猫宮がこんこんと言った。

「古河さんには、猫化の解明まで俺のそばで過ごしてもらいたい。それまで自宅に帰すことはできない。公私ともに、俺の近くにいてもらう必要がある。もちろん手当は社内規定に照らして不足ない範囲で支給する」

(お金の問題だったっけ)

 そう思った龍子であったが、一方でいま龍子はさる事情によりまとまったお金を必要としていた。出どころの怪しいお金に手を出すほどではなかったが、労働の対価として勤務先の会社で給料が上がるというのであれば、何もやましいことはなく好都合。
 たとえ労働の内容が社長(猫)のお世話であっても……。

「わかりました。いま必要なものを持って帰ってくるので、お待ち下さい」

 だいたいにして思考の死んだ限界社畜、細かいことを考えるのを放棄して虹色の境目を越えて自宅に戻る。
 必要なもの、必要なものと辺りを見回したが思いつかない。ひとまず通帳と実印をかばんに詰め、スマホの充電器をコンセントから外したところで、もう一本のコードに気付いた。
 それは、龍子の生活になくてはならないものに繋がっていた。



「準備できました」

 よいしょ、と自宅と通じている社長室のドアから現れた龍子を、猫宮と犬島がぼんやりと見た。
 先に反応したのは猫宮で、目を細めて言った。

「ずいぶんな荷物だな。それはコタツか?」
「コタツです」

 コタツ布団は諦め、コタツだけを抱えた龍子はこの上なく真面目な顔で答えた。
 くすっと笑った犬島が、爽やかに言った。

「重そうですね。お手伝いしますよ」

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