桜吹雪が綺麗です。

先生と生徒

 石垣千花(いしがきちか)が大学三年生の夏から冬にかけて、家庭教師として受け持った男の子は中学三年生。
 子どもというほど子どもではないが、視線に好意を、話しぶりに誘うようなものを感じつつも、「先生と教え子」の距離感を保ち続けた。

(年齢差)

「合格したら、付き合ってください」

 受験直前、最後の授業の日に彼は笑いながらそう言った。
 部活はバスケで、その時すでに180センチ近い長身。
 イギリス人祖父の血が濃く出たらしい顔立ちは、彫りが深く目元がすっきりとして甘い。
 部活引退以来伸ばし始めた髪は、「合格したら切る」とのことだが、肩につく長さで明るい茶色。

 ひいき目ではなく、「学校一の王子様」の二つ名があっても驚かないほど、凛々しい美少年である。
 彼女が何人いても不思議はない。
 複数交際をしそうという意味ではなく、別れてもすぐに次が見つかり途切れることがなさそうという意味で。
 実際、六歳上の「先生」を口説くにあたっても、表情に気負ったところがなく余裕すら漂わせていたくらいだ。
 だから、遠慮なく、断った。

(年齢差やばい。犯罪になる)

 大人として当然考えた。
 それまで、「ちょっとここ、わからないかも」と言いながら肩を寄せてきた瞬間など、何度かどきりとしたことがあるのも事実だが、後から思えばあれは彼なりの計算だったのかもしれない。
 家庭教師の終わりの日が迫れば迫るほど、胸が切なくなるくらい彼を意識するようになっていた。
 そこで、告白。
 名残惜しんでぐらついていた気持ちが、一気に正気に返った。

「お仕事だから」
「仕事以外で会うのはだめ?」

 笑みを深めながら言われて、警戒心が募る。
 手管が中学生男子じゃない。
 毅然と断るべく、千花は頷いてみせる。「だめです」と。

「合否の連絡くらいはしていいよね?」

 一瞬、綺麗な茶色の瞳に寂し気な色を浮かべて言われて「もちろんいいよ」と答えそうになった。

(危ない。ほだされている場合じゃないわ)

 ここで譲歩されたら攻め落とされる、という危機感から千花は踏みとどまった。

「先生、今日で終わりなの。契約時にお伝えしている電話番号は、仕事の連絡用だから……」
「最後まで見届けてくれないんだ」

 見届けたかったよ。
 だけどけじめをつけておかないと怖い。

(君にとっては遊びかもしれないけど、先生は恋愛経験がほぼないんです……! 魔性の年下なんかにハマったら、目もあてられないんです)

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