桜吹雪が綺麗です。
「寒くないですか?」

 声をかけられて、我に返る。
 横をうかがい、彼と目が合ったところで胸の奥がきりりと痛んだ。
 夜気に滲むような、優しい笑み。何かを伝えたそうな瞳。
 まっすぐで、嘘がなくて。
 待っている。

「柿崎くん……」

 恐る恐る名前を呼ぶと、唇に刻まれた笑みが深まった。

「さっき、俺の名前を呼んでいたから。覚えてくれていたんだなって、わかりました。先生」 
「うん。すぐわかった。その……、柿崎くんの中で、私は良い思い出じゃないかもしれないから、触れない方がいいかもって思って、言い出しにくくて」

 見苦しい言い訳。

(気付かれたくなかったのは、自分の方なのにね)

 ちりばめられた細かな見栄と嘘に反応を示すことなく、彼は穏やかに言う。

「あのときは、ばっさり振られましたからね。だけど俺は、先生と話したかったですよ。もし先生が嫌じゃないなら、前みたいに」
「『先生』……、そっか、だからさっき『石垣さん』って言われたときに、違和感あったんだ。柿崎くんは私のこと先生って呼んでいたんだった……。先生かぁ」

 そんなつもりもなかったのに、強張っていた頬が自然と緩んで、気付いたら笑っていた。
 つられたように、柿崎もくしゃっと顔が崩れるほどに笑う。
 それを見た瞬間、彼もまた緊張していたことがわかってしまった。

「先生って呼んでいいなら、また呼びたいです」
「それはちょっと。職業的にはかすりもしないし。私って先生なんだって今思い出したくらいで」

 苦笑なのか失笑なのか。
 笑みを浮かべた千花に対し、柿崎は悪戯っぽく目を光らせながらわざわざ「先生」と口にする。

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