心がきゅんする契約結婚~貴方の(君の)元婚約者って、一体どんな人だったんですか?~
「……レニエラ。すぐに書類を出すよ。少しだけ、待ってもらえるか?」

 外を覗っていたショーンは、自分も乗り込んで扉を素早く閉めた。

 あら……私は署名するだけなんだけど。

「あ。わかったわ。別に慌てなくて良いわよ」

 私はショーンが鞄の中に手を入れたのを見て、私物を取り出すのを見つめるのもどうかと思ったので、窓へ目を移した時に、口元に何か布を当てられたのを感じた。


◇◆◇


 ゆらゆらと身体全体が、揺れている。

 あまり路面の状態の良くない場所を、馬車で走っているようだ。

 ……どこへ行くの?

 暗闇の中に沈んでいた意識が急に浮き上がるのを感じ、私はパッと目を覚ました。

「レニエラ。おはよう」

「ショーン? 何故」

 私は書類に署名が必要だからと彼に呼ばれて……だから、馬車へと乗り込んだのに。

「何故って? お前だって、ここまで来たら俺が何をしたいか、知っているだろう?」

 馬車の中を照らす薄い灯りはゆらゆらと揺れていて、既に窓の外は真っ暗だった。

「誘拐、したの? 私は、モーベット侯爵の妻なのよ」

 ジョサイア・モーベット侯爵こと、私の夫はわかりやすく、この国では大きな権力を持っている。

 妻の私を攫って、どうするつもり? もし、この先もこの国で生きようとするのなら、それは絶望的なはずだ。

「それが、どうした? 最速で異国にまで逃げれば良い。どんなに探しても、お前はもうこの国に居なければ、あの男が大きな権力を持っていたとしても同じことだ」

 にやにやとした嫌な笑みを見て、私はクズ男の演技にまんまと引っかかった事を知ったのだった。


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