ヨルの殺人庭園

?日目:終わりと始まり

 一斉に出ていく人の波に呑まれて、駅を出る。駅を出れば、たくさんの学生たちが歩いて学校へと向かっていく。皆馬鹿みたいにつまらない学校に向かっていく。その馬鹿のうちの一人が、私だ。
 そして教室に着けば、リリカとウヅキが待っている。ウヅキにしては珍しくノートを開いて、リリカはいつもどおりワークを開いて私を待っていた。

「終わんないの? 課題」
「煽らないでよ。マキは当然終わってるんだろうけどさー……」
「でもマキちゃん、私も終わってないよ」
「そう? 私はもう終わってるから」
「まーたマウント取って……」

 三人集まって、定期試験に対する愚痴を言い合う。範囲が広いだとか、課題が多いだとか。そんな日常的な会話が、愛おしくて堪らない。
 朝の時間はあっという間で、授業が始まる。私はシャーペンを手に持って、先生の話に耳を傾けた。私は「優等生」なのだから。きっとテストでも良い点を獲って褒められるのだろう。昼休みだって返上で勉強だ。ウヅキが呆れたように、さすが優等生、と呟くのだった。リリカは逆に目を輝かせる。

「優等生じゃないよ、私は」

 私はそんなことを言ったけれど、心から思ってる言葉じゃない。私には「優等生」の顔がお似合いだ。
 上機嫌にそんなことを答えるのは、こんなに楽しく授業を受けているのは、決して「優等生」と言われるのが嬉しいからじゃない。このあとの文芸部が楽しみだからだ。

「そういえば、文芸部行く?」
「えー……うちは行かない。課題あるし」
「私も行かないかな……」
「──そっか。私は行こうかなって」
「課題終わってる人は違うなー?」

 ウヅキにからかわれても、胸の高鳴りに気を取られて何も感じない。ここは怒っておいたほうが良いのだろうか?
 リリカは私の顔を覗き込み、ふわっとお花の笑顔を浮かべた。

「マキちゃん、なんか楽しそうだね」
「……まぁね。文芸部、好きだから」

 そんな話をしていると、光陰矢の如し、昼休みは終わってしまう。昼食とノートを持って自分の席へと戻っていけば、化学基礎の先生が教室に入ってきた。
 彼の体が、一寸、エラーのように歪んだ。



 文芸部を訪れれば、確かにミカン先輩が一人で勉強していた。今日はマナミ先輩もヨザクラ先輩もいないみたいだ。
 ミカン先輩は相変わらず顔色が悪そうだった。それなのに、カフェオレを隣に置いて眠らないようにと飲んでいるのだった。

「先輩、倒れちゃいますよ」
「あー、マキさん。来てくれたんだ。何する?」
「ゲームでもしようかなって」
「ゲーム? いいよ! でも、二人だと少ないかな……」

 ミカン先輩がそんなことを言った刹那、部屋に陽気な男がやってくる。白髪に赤い目が特徴的な男──相原(アイハラ)隼人(ハヤト)だ。
 ハヤトは席に着くと、オレも混ぜてくださいよ、と明るく爽やかな声で言った。ちょっとその声が無邪気な弟っぽくて──ミカン先輩は自分の弟を溺愛しているらしい──ますますミカン先輩は悦に入ったのであった。

「よし、やろう! 何のゲームにしようかな……って、何これ?」
「え? 先輩、どうしたんですか?」
「いや、変なアプリが入ってて……何これ、『NO TITLE』?」

 ミカン先輩が眉を寄せる。ハヤトは自分のスマートフォンを見ると、本当だ、と呟いた。私もスマートフォンを開いてみれば、確かにそこには白いアイコンの不明なアプリがある。
 彼女の黒い双眼に、白の四角い光が入り込む──
 私たちはそれを本能的にタップする。そういうふうに仕組まれているからだ。そういうふうに習慣づいているからだ。それが全ての終わりを意味していたとしても。
 バチッ、と何かが弾けるような嫌な音がする。ミカン先輩はぐらりと傾き、床に倒れ伏した。私は顔を起こし、ハヤトと視線を合わせた。

「あーあ。やっぱり『もう一回』を願ったんだ……狂ってるよ、マキ」
「お互い様でしょ」

 空間に大きなノイズが走る。一面がブルースクリーンになって、謎の文字列が並び出す。そこには椅子も机も黒板も電灯もカーテンも窓も何も無い。しかし、そんな空間に点滅する何かが生まれる。
 再構築されていく空間。その中で、ハヤトと私というアダムとイブから、キャラクターたちが生まれていく。黒い闇に覆われた文芸部室が生まれていく。九つの椅子が生まれていく。張り詰めたピアノ線で出来たような空間が生まれていく。
 私は期待に胸を高鳴らせ、何も知らないフリをして床に横になった。

──何だよ、これ!

 誰かがそう叫ぶ。嗚呼、そうだった、私とハヤト以外は何も知らないんだったっけ? 笑ってしまいそうなのを押さえながら、私は被害者のフリで立ち上がった。
 親の望むようになんて生きてやらない。一度知ってしまったら、もう逃れられない。テストで良い点を獲るつまらない日常があるから、最高にスリリングな非日常が際立つのだ。
 大好きな文芸部員と、何度でも、何度でも、遊ぼうじゃないか、飽きるまで。飽きたらまた別のゲームを考えよう。きっとそれを外から見ている私も望んでいるのだから。

『──キャハハ! ようこそ、ヨルの殺人庭園へ!』

 ヨルの高笑いが響き渡る。人々はスピーカーを見上げ、その言葉に耳を傾けた。
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