優しい鳥籠〜元生徒の検察官は再会した教師を独占したい〜
* * * *

 待ち合わせ場所である、改札を出てすぐのところにあるコンビニエンスストアの前に歩いていくと、先ほどと同じスーツ姿の翼久が立っていた。

 暗いバーの中で見た印象とはまた違い、明るい電灯の下ではまだ少しあどけなさを残した、爽やかな青年に見える。帰り際の混雑の中でも、彼の姿は一際輝いて映った。

 翼久が顔を上げたので、つぐみは片手を上げて彼の方へ近付いていく。

「急にごめんね。私なんかのために来てくれてありがとう」
「何言ってるんですか。俺は先生と個人的に会いたいから名刺を渡したんだ。電話が来た時はすごく嬉しかったよ」
「そうなの……? 生徒にそんなふうに言われちゃうと、なんか照れるね」
「あっ、それはもうやめて。もう先生と生徒じゃないんだから。まずは言葉遣いから変えていかない?」

 つぐみは驚いたように目を見開いた。そうなればいいと思っていたけど、まさか翼久からそれを提案されるとは想定外だった。

 だからと言って簡単に考えを変えることが出来ないのは、つぐみの真面目さ故だろう。

「でも……」
「大丈夫。ゆっくり考えてみて。俺は早速変えちゃうけどね。さぁ、店に行こうか」

 差し出された手を見ながら悩んでいると、苦笑した翼久がつぐみの手をとって歩き出した。

 そういえば彼の手に触れたことは、今まで一度もなかったーー二人の間に教師と生徒以上の関わりはなかったから。

 ただ卒業間際に翼久に恋人のことについて聞かれたあの日、彼は二人の間の壁を越えようとしたのかもしれない。それを敬遠したのは、他でもないつぐみの方だった。

「籠原くん、見た目だけじゃなくて、中身も大人になったのね……なんだかキラキラして見える」
「何それ。じゃあキラキラついでに、夜景がきれいなバーなんてどうかな?」

 "夜景がきれいなバー"だなんて、つぐみだけでなく、大概の女性が興味を引くワードをいとも簡単に言ってのけたのだ。

「うわぁ、素敵。行ってみたい!」

 素直に反応してしまったが、そう言ってから後悔する。

「さっきの名刺といい、バーといい、相当遊んでるでしょ?」
「あはは。そんなわけないじゃない。仕事で使う機会があっただけ。あっ、もしかして先生、ヤキモチでも妬いてくれたの?」
「ち、違っ……!」
「はいはい、まぁそれはいいから、早く行こう」

 全然よくないと思いながらも、彼に手を引かれて歩く夜道はどこか清々しかった。
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