優しい鳥籠〜元生徒の検察官は再会した教師を独占したい〜

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 昌也の部屋を出てから三十分。翼久がいたバーを出てからは一時間程経過していた。

 つぐみは駅のホームにある椅子に腰かけたまま、ぼんやりと空を見つめていた。それからふと翼久にもらった名刺のことを思い出し、カバンの中を探り始める。

 彼が検察官だなんてーーあの年齢で検察官になるには、大学在学中に予備試験と司法試験に受かる必要がある。それにはかなりの勉強が必要だったはずだ。

 本の虫だった彼がそこまで努力をしたと考えるだけで、教師として胸が熱くなる。

 遠慮なく連絡してくれとは言っていたが、教師が元生徒に連絡をするのはどうなんだろうーー名刺を見ながら躊躇いが生まれた。

 それでも、誰かと話して癒されたいような気持ちにもなる。

 一度だけ電話してみてもいいかなーーもしかしたら彼もまだ仕事中かもしれないし、相手はつぐみの番号を知らないわけだから、出なければそれでいい。

 スマホを取り出し、一つ一つの番号を確認するようにゆっくりと数字をタップしていく。

 呼び出し音が鳴り、ドキドキしながらスマホを耳に当てる。出て欲しい気持ちと、出ないで欲しい気持ちが半々で、緊張感だけが増していく。

『はい』

 翼久の声が聞こえた瞬間、時間が止まったかのように感じた。彼が出た時の返答を考えていなかったつぐみは、思わず口籠る。

『もしかして先生?』
「あっ、うん、そうなの……せっかくだから電話してみちゃった。今大丈夫?」
『もちろん。ちょうど帰るところだったんです。先生、もう家にいますか?』
「ううん、まだ外。これから帰るところ」
『じゃあ良かったら一緒に飲み直しませんか? 久しぶりにおしゃべりしましょう。最近オススメの本を見つけたんですよ』

 またあの頃のような会話が出来るのだろうか。年の差や、教師と生徒だった過去を全て取っ払って友人になれたら、こんなにも嬉しいことはない。

 彼が同い年の女子だったらと何度思ったことか。それくらい気のおけない相手だった。

「うん。いいよ」
『やった! ちなみに今はどの駅にいますか?』

 渋々昌也のマンションがある駅名を口にした。

『じゃあちょうど中間の駅にしましょうか』
「わかった。次の電車で向かうね」

 やけに心が浮き足立っている。頬も緩み出した。つぐみはちょうど到着した電車に軽やかに飛び乗った。
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