優しい鳥籠〜元生徒の検察官は再会した教師を独占したい〜
「籠原くん、見終わったら階段のところまで戻ってきてねー」
「はーい」

 その返事を聞き、つぐみは安心した様子で自分も目的の本棚へと向かう。

 久しぶりに会ったから、話すのが少しだけ不安だった。しかし彼からはそんな様子は一切感じられず、いつも通りだった。

 彼にとっては通過点の一つなのよねーー送られる側より、送り出す側の方が何倍も寂しいような気がしてくる。

 でも門出をお祝いして、快く見送るのが教師よねーーそんなことを考えながら、本を二冊ほど手に取った時だった。

「本は見つかりましたか?」

 背後に翼久の気配を感じて振り返った途端、つぐみの体は翼久の腕に抱きしめられてしまう。突然のことで驚いたのと、何故か緊張してしまい、体が固まって動かなくなった。

「あのっ……籠原くん……?」
「これで最後だから、少しだけ許してください」

 許すとはどういうことだろうーー心臓のドキドキは鳴り止まず、喉がカラカラになってくる。それよりも、抵抗しなきゃと心で思うのに、体が全く逆の反応を示していることに戸惑った。

 この状況は一体何なのだろうーー心臓の音が伝わるほど密着し、翼久の匂いに包まれて体の力が抜けそうになる。

 二人は教師と生徒。それなのに感じてしまうときめき。そして書庫という二人だけの空間と、誰も見ていないという背徳感ーー。

 それでもなんとか理性を保ち、教師である自分がこれ以上踏み込んではいけないと言い聞かせる。

「先生、付き合ってる人っているんですか?」

 そう尋ねられ、つぐみは口を閉ざした。付き合っている人はいない。でも二人の関係を考えれば、正直に答えるのが正解であるとは思えなかった。

「うん、いるよ……」

 嘘をついた。その瞬間翼久の腕の力が一瞬弱まり、それから再び強くなる。

「そっか。先生の彼氏は幸せ者ですね」
「そ、そんなこと……」

 言いかけた時、つぐみの体は翼久の腕から解放される。恐る恐る彼の顔を見上げてみれば、いつもと同じように微笑んでいた。

「先生、一年間ありがとうございました。おかげで楽しい読書ライフが過ごせました」
「籠原くん……」
「じゃあ俺は先に戻ってるんで……さようなら、先生」

 螺旋階段を駆け上っていった翼久を目で追いながら、つぐみは全く動けなかった。

 あそこで"いない"と答えていたらどうなっていたんだろうーー心の片隅で後悔している自分に気付く。それくらいつぐみの中で翼久の存在は大きくなっていた。

 ゆっくりとした足取りで階段を登って外に出ると、もうそこに翼久の姿はなかった。

 そしてこの日から一言も交わすことなく卒業式を迎え、二人の関係は忘れられない思い出として記憶されたのだ。
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